音に溺れる



医学部図書館前。

夏草が揺れる脇で、俺たちは向かい合って立っていた。

……よく一緒に並んで勉強した思い出の場所を、別れ話の舞台に選ぶことになったのは。

別の静かな場所がいいな、と俺が言ったのにも関わらず、水瀬が「移動するの面倒だからここでいい」と、いつもの気怠げな声で答えたからだった。

きっと彼女は、”大事な話がある”などと切り出した俺が、これから何を言い出すのかなんて、とうの昔に察していたのだろう。

「……だってもう、日向の中では決まってることなんでしょう?」

先に口を開いたのは彼女だった。
その瞳には、驚きも、引き留めるための焦りもなかった。ただ、すべてを受け入れたような冷徹な静けさだけがあった。

「うん」

「分かった。私も、日向がそれでいいなら」

あまりにもあっけない同意。
それがかえって、俺たちが過ごした時間の軽さを証明しているようで、胸の奥がチクリと痛んだ。

「……ごめん」

「謝らないでよ。私も、悪かったところはあるんだから」

彼女は小さく首を横に振り、いつもの勝ち気な笑みをほんの少しだけ浮かべた。

「……あのね。私、基本的に別れた男なんて秒で存在消し去るタイプなんだけどさ」

水瀬はそこで一度言葉を切り、まっすぐに俺の目を見つめた。

「日向にいつか言った、『戦友みたいになれるといいな』って言葉は、嘘じゃない。本当にしたいと思ってる」

「……」

「ーーだからーー」

ふっと彼女は自嘲するように息を吐き、最後に、まるで彼女らしい命令を言い放った。

「別れたショックで留年とか、やめてよね」

それは、最後まで彼女らしく、そして救いようのないほど誇り高い、別れの言葉だった。

「……ああ。お前もな」

短い返事を返すと、水瀬はそれ以上振り返ることもなく、鮮やかな足取りで図書館の中へと消えていった。

背筋をまっすぐに伸ばし、決して弱音を見せないその背中を見送りながら、俺は長い長い息を吐き出した。

……終わったんだ。

俺たちを縛っていた気高い呪いも、すれ違い続けた日々も、これでようやく。