音に溺れる




夏に新曲を配信で先行公開した頃、水瀬とは別れた。

……決定打は、振り返ってみればひどく単純だったように思う。

ある日、学内の掲示板で見かけた、一枚の白い貼り紙。

『本学医学部医学科3年であり、医学部陸上部副主将である水瀬瑞希さんが、この度都内にて実施されました東日本医科学生総合体育大会 女子3000メートルにて優勝されました。

水瀬さんにおかれましては、救急救命サークルにて同様にサークル長を務めるなど、非常に多彩な活躍を見せており、この度大学として表彰をーー』

副主将。サークル長。そして、東医体優勝。

そのどれもが、付き合っていた俺の耳には、一度だって届いたことがなかった。

……言ってくれたなら、自分のことのように喜べたんだろうか。

それとも、「無理するなよ」なんて、また彼女の自立を邪魔するだけの、無用な心配を口にするしか出来なかったんだろうか。

……あぁ、でも。同じか。
俺だって、バンドの次のライブだとか、でタウンレコードからのオファーを受けたことも。

そして何より、今年度限りでこのバンドをもう、やめようと思っていることなんて。

彼女に、話したりなんてしていないのだから。

お互いに自分の誇りを守るため、弱みを見せないために、何でもない顔で嘘をつき合っていた。
報告さえしなくなったその距離は、もう恋人なんて呼べる代物じゃなかった。

「……おめでとう」

誰もいない廊下で、ぽつりと呟いた言葉が溶けて消えていった。