「……大事にできないなら、側にいないことを選ぶってこと?」
私が静かに問いかけると、日向は虚空を見つめたまま、当たり前のように頷いた。
「そうだよ。雑に扱っていいことなんてないだろ」
その言葉は、どこまでも誠実で、だからこそ彼自身をひどく縛り付けているように聞こえた。
相手を完璧に愛せない自分を許せない。そんな彼の不器用すぎる真面目さが、たまらなく歯痒くて、私は思わず口を開いていた。
「……日向、真面目すぎ。もっと、楽に、自分本位で考えたって、いいのに」
「……自分本位?」
「っ例えば……たとえば、浮気のひとつやふたつ、経験したほうが、逆に本命を大事にできることだって、あるんじゃない」
言ってしまってから、心臓が早鐘のように鳴り始めた。
恋愛の『れ』の字も知らないような私が、背伸びをして紡いだ、あまりにも不格好で歪な誘い文句。
瞬間、スタジオに深い沈黙が落ちた。
「……何それ。もしかして、誘ってる?」
日向の低い声が響く。
怒られるか、それとも「馬鹿なこと言うな」と冷たくあしらわれるか。張り詰めた空気の中で、私がギュッと身構えた、次の瞬間だった。
「……っ、くっ、あははははっ!」
日向は、何がおかしいのか分からないほどに、突然声を上げて笑い出したのだ。
「え……っ」
肩を震わせ、お腹を押さえ、普段の彼なら絶対に作らないような、年相応の無防備な顔で笑い転げている。
いつも完璧な仮面を被っている彼の、あんなにも感情を剥き出しにした大きな笑い声を、私は初めて聞いた。
「なに。結構本気だよ? わたしは」
恥ずかしさと、予想外の反応に対する戸惑いで、私は思わず眉をひそめて抗議する。けれど日向の笑いはなかなか収まらず、彼は何度も肩を揺らした。
「っははは、っーーやめろ、マジで……っ」
やがて、目尻に滲んだ涙を長い指先で拭いながら、日向は少しだけ呼吸を整え。
そして、ふっと、これまでに見たどんな表情よりも柔らかい顔つきになった。
「そんな都合のいい女に、成り下がるなよ、お前は」
その声は、泣きたくなるほど優しくて。
私の中にある醜い感情も、いびつな自己犠牲も、すべてを丸ごと包み込んで否定してくれるような、ひどく温かい響きを持っていた。
「俺の、最高のボーカルなんだから」

