音に溺れる





あぁ。やっぱり、勘違いじゃ、なかったんだ。

あの時、狭く騒がしいライブハウスの物販スペースで。彼と水瀬さんの間に流れているように感じた、ひどく冷たい不協和音は。

「……水瀬さんのこと、嫌いになった?」

気づけば私は、無意識のうちに踏み込んではいけない一線を越えて、そんな直球の問いを投げかけていた。

日向は怒るでもなく、ただ自嘲するように薄く笑って、首を横に振った。

「……そういうわけじゃない。ただ……好きだって思う気持ちとーー関係を続けたいって思う熱量は、……また、別の話だ」

「別の、話……?」

「お互い辛いって思いながら側に居続ける理由なんて、ないだろう」

彼の言葉は、どこまでも理路整然としていて。まるで、複雑な数式を解き終えた後のような、冷え切った諦念に満ちていた。

「……やっぱり、分からない」

私は、自分の胸の奥で燻るどうしようもない焦燥感を持て余したまま、反論するように口を開いた。

「好きだったら、一緒に居るだけで幸せじゃない?」

私にとって日向と水瀬さんは、本当に、理想の恋人同士だった。お互い、頭の良さと芯の強さを併せ持っていて、何かを失敗するところなんて想像できない。

お互いに同じ夢を持って努力していて、沈黙なんて気にならない。相手が疲れていても、ただ同じ空間で息をしているだけで、満たされる。
そんな関係同士なんじゃないかとー本当に、身勝手な想像を、理想を押し付けていた。

私のあまりにも無邪気で、純粋すぎるその反論に。
日向は一瞬だけひどく哀しそうな目をして、それから、困ったように苦笑した。

「……嫌だろ?」

静かなスタジオに、彼の低く掠れた声が響く。

「二週間ぶりにちゃんとした時間作って会ってくれたはずが、疲労感マックスで楽しませる余裕も何もないってさ」

「そんなの……」

「相手に気を遣わせて、つまらない顔させてまで、自分の寂しさを埋めるためだけに一緒に居たいなんて、俺は思えない」


プライドが高くて、責任感が強くて、何でも完璧にこなそうとする彼らしい、呪いのような言葉だった。

限界まで摩耗して、誰かに寄りかからなければ崩れ落ちてしまいそうな状態なのに。恋人の前で無様な自分を晒すことだけは、どうしてもできないという不器用な意地。

日向は手元のスマートフォンをポケットにしまい込み、誰もいない虚空を見つめたまま、ぽつりとこぼした。

「……せっかく会えるんなら、笑ってほしいんだよ」

その声には、彼が必死に隠そうとしていた、どうしようもなく純粋で痛切な『愛情』の残骸が滲んでいた。