ブブッ、ブブッ。
無機質な振動音が、魔法を打ち破るように鳴り響く。日向のポケットの中で、スマートフォンが震えていた。
「……ごめん。ちょっと」
画面に表示された名前を見た瞬間、日向の顔から先ほどまでのクリエイターとしての熱がスッと消え失せる。彼は短く断りを入れて私から少し距離を取ると、通話ボタンを押して耳に当てた。
「……もしもし? 水瀬?」
その名前を聞いた瞬間、私の心臓が冷たく跳ねる。
「あぁ、……明日?覚えてるよ。13時に恵比寿だろ。……何かあった?
……また? 東医体の、主幹会議?」
静かなスタジオだから、彼の押し殺したような声がよく響く。
トウイタイ。シュカンカイギ。
その単語の意味はわからなかったけれど……約束が反故になった。それは、彼の言葉を聞くだけでも……伝わって来た。
「……うん。わかった」
日向は、何でもないことのように声のトーンを一切変えずに淡々と相槌を打つ。
「いや。……しょうがないよ。気にしなくていい。……また誘う」
まるで物分かりのいい『完璧な彼氏』の模範解答のようなセリフだった。相手を責めることもなく、感情を荒立てることもない、完璧な対応。
じゃあ、と。日向はそう言って電話を切ると、手の中の黒い端末を見つめたまま、ふっと短く、ひどく重たいため息をついた。
「……大丈夫? ドタキャン、くらった?」
私が恐る恐る尋ねると、彼はゆっくりと振り返った。
その顔には、恋人との約束を反故にされた怒りも、会えないことへの寂しさも、一切浮かんでいなかった。ただ、限界まで摩耗しきった人間の、空虚な諦観だけがあった。
「……大丈夫だよ」
日向は自嘲するように口角を微かに上げ、信じられないほど冷たく、残酷な本音をこぼした。
「正直少し、安心してる。会って、余計な気遣って、機嫌とらなくていいってことに」
思わず、息を呑んだ。

