音に溺れる




机の上に散乱したプリントから目を逸らし、俺は深く、重たい息を吐き出して背もたれに体重を預けた。

いや、でも。

実際問題、色々もう無理だろ。

天井のくすんだ模様をぼんやりと見つめながら、俺は自分と水瀬の現在の関係値を、まるで他人のカルテでも読むかのように冷徹に分析し始める。

……最近、一緒に講義も受けていない。

キャンパスですれ違えば「お疲れ」と挨拶ぐらいはするけれど、それだけだ。

メッセージの連絡も、かつて彼女を自分の管理下に置こうと躍起になっていた頃を思えば、信じられないほど頻度が減ってしまった。

最後にまともなデートをしたのは、一体いつだったか。

記憶の糸をたぐり寄せようとしても、疲労で麻痺した脳では、具体的な日付すら思い出せなかった。

「……一番問題なのは」

誰もいない部屋に、ぽつりと乾いた声が落ちる。

お互い、今のこの冷え切った状況に対して、何の不満もこぼしたりしていないこと、か。

彼女は彼女で、俺という『重たい檻』から解放されたことで、自分の時間を自由に生きているのだろう。俺は俺で、彼女に執着するためのエネルギーすら枯渇し、この無関心な距離感にどこか安堵してしまっている。

それはもう、恋人でもなんでもなく、ただ『別れというタスクを先送りしているだけの同級生』に過ぎなかった。

(……このまま、自然消滅)

ふと、そんな選択肢が脳裏に浮かぶ。

話し合いの場を設けることもなく。別れの理由を論理的に説明する労力も割かず。ただ、連絡を絶ち、フェードアウトしていく。

……もしかしたら、それが一番楽で、お互いにこれ以上傷つく必要もないのかもしれない。

そんな甘くて無責任な逃げ道が、疲弊しきった心にすうっと入り込んできた、その瞬間。

『ーー付き合うって、責任だろ』

かつて、彼女を自分の世界に囲い込もうとした時に放った、自分自身の傲慢な言葉が。

鋭い棘となって、頭をよぎった。

あの時、俺は確かにそう言った。
相手の人生をほんのひと時でも預かる責任があると本気で思っていた。

それなのに、いざ自分のキャパシティが限界を迎えた途端、何の責任も取らずにフェードアウトしようとしている。その底なしの身勝手さとダブスタ具合に、俺は声を出して自嘲するしかなかった。

逃げることも、終わらせることもできない。

かつて自分が吐いた『責任』という呪いが、今になって俺自身の首を、真綿のようにじわじわと締め付けていた。