……ここまで睡眠時間が削られると、感情というのが『有限の資産』なのだと、嫌でも思い知らされる。
深夜のデスク。青白い蛍光灯の下で分厚い医学書を開いたまま、ひどく淀んだ視界の隅でスマートフォンの画面がふいに光った。
『新曲楽しみにしてます!』
SNSのポップアップ通知。短いそのコメントは、いつもなら素直に「嬉しい」と思えるはずのものだった。
けれど、極限まで精神のキャパシティが削り取られている今の俺には。その純粋な期待すらも、まるで喉元に突きつけられた刃のような、一種の脅迫のようにしか、感じられなかった。
そして現実問題として。
複数の奨学金を限界まで借りて、首の皮一枚でこの医学部にしがみついている身分じゃ、絶対に成績を落とすなんていう選択肢はない。
音楽の責任。一つも落とすことのできない単位。
両方が俺の首に重くのしかかり、息をするのすら苦しい。
ーーなら、少しでもこの窒息しそうな日々に余裕を持つために、『削れるもの』は何か。
そう計算式を立てた時。
真っ先に脳裏に浮かんだ『ひとつの選択肢』に、我ながら本当に最低な男だな、と自嘲の笑みが漏れた。
(……大事にしようと、思ったのに)
同じように医学部で忙しくしているはずの彼女の、気の強い、けれどどこか不器用な顔が浮かんで消える。
俺なら、出来ると思っていた。
彼女との関係も、シキのプロデュースも、医学部の過酷なカリキュラムも。すべてを完璧なシステムとして構築し、自分の管理下で両立させられると、本気で思っていたのだ。
けれど、感情という資産はとっくに底をつき、俺のキャパシティはすでに破綻しかけている。
『何か』を切り捨てなければ、俺自身が壊れる。
その残酷な真実だけが、深夜の冷たい部屋の中で、どうしようもなく明確な輪郭を持っていた。

