思い出すのは、”自分が自分でいられなくなるほどの恋でもしてみるといい”と言われた、数週間前の記憶。
今の自分の中にそんな激しい感情があるかと訊かれれば。
それはサマーレモネードの曲のように常に激しく揺れる熱くて赤い炎でなく、
ずっとずっと静かに音もなく燃えている、青い炎のような感情の塊のような気がした。
机の上に広げっぱなしにしていた私の作詞ノートを、サトルが覗き込む。
普段の私の書く、どこか他人事のような綺麗な言葉とは違う。
消しゴムで何度も擦られ、黒く汚れた紙面に書き殴られた、生々しくていびつな言葉の羅列。
「なぁ、これーー」
ぽつりと、サトルが呟くように問いかける。
その声はいつもおどけている彼には珍しく、ひどく静かで、真剣だった。
「……誰のこと、考えて書いてる?」
「……分からない」
咄嗟に口をついて出たのは、そんな拙い誤魔化しだった。
けれど、そんな嘘が通じないことくらい、自分でも分かっている。
ずっと追い続けていた、上手く言葉に出来ない憧れ。
安全な場所から引きずり出してほしかった、私の隠れた本心。
“寄り道した夜空に光ってたオリオン”
“シャッターの降りた街の静寂”
他の誰から見れば、何でもないただの情景描写だろう。
けれど私にとっては、なぜか忘れられないとずっと心に残り続けている風景。冷たい夜風の匂いも、隣を歩く彼の足音も、すべてが鮮明に焼き付いている記憶の欠片。
あの人なら分かってくれるはずだって。
彼ならこの拙い言葉から、私と同じ景色を、同じ痛みを、同じ感情を感じ取って、ひとつの歌にしてくれるんじゃないかと思ったこと。
彼がいなくなってしまう前に、私のこの醜いくらいの執着を、彼の作る音楽の中に永遠に刻み込みたかったこと。
ゼロから描き出したいと思った気持ち。
全部。
少なくとも、目の前にいるサトルに対して抱いている『仲間』としての気持ちとは、決定的に、絶望的なまでに違っている。
私が言葉に詰まり、ただノートを見つめて立ち尽くしていると。
サトルは微かに目を伏せ、何かを諦めたように、ふっと力なく笑った。
「悪い。……意地悪な質問した」
彼はそれ以上ノートを見ることをやめ、いつも通りの、少しお調子者のベーシストの顔に戻って、
「飲み物、取ってくる」と立ち上がった。

