音に溺れる




ファミレスのテーブルの端に積まれた空のグラス。
サトルはポテトを齧る手を止め、私がぽつりとこぼした言葉に目を丸くした。

「詞先でやろうって言われたって?」

「……うん」

「難しそうなこと挑戦してんな、また。日向の奴、いつもガチガチに自分の曲で固めてくるのに」

「……うん。正直、行き詰まってる」

私はストローから口を離し、テーブルの上に広げたままの作詞ノートに視線を落とした。

ずっと使っているそのノートには、これまでに書いてきた私の拙い歌詞と、それに赤ペンで入れられた修正の跡が残っている。

基本的には私が日向の言葉をメモした私の字。けれど、ごく稀に、彼自身がペンを奪って書き込んだ、少し角張った日向の字が添えられているページがある。

『ここは絶対にイ段の音にして』

『ここは転調するタイミングと重なるから、もう少し歌詞も変化持たせたい』

彼の指摘はいつも、ボーカルの響きや楽曲のシステムとして完璧な理屈を持っていた。
けれど、時々こんな書き込みもあって。

『ごめん、フィッシュテールって何』

完璧主義のくせに、女の子のファッション用語や流行りには疎い彼が、眉間に皺を寄せて首を傾げたあの日の光景。

ノートを開けば、彼と一緒に曲を作ってきた確かな軌跡が、こんなにも鮮明に、すぐそこにあるのに。

「少しずつだけど、書き始められてはいるんだけど……」

私は、まだ数行しか言葉が埋まっていない新しいページを指先でなぞった。

「今までと、全然違うこと求められてるなぁって……。書いても書いても、迷子になる……」

今までは、彼が作ってくれた『曲』という絶対的な地図があった。私は、”自分”なんてものを引き出さなくても、その曲に合う言葉をただ思いつくままに書き殴ればよかった。

けれど今は、何もない真っ白な場所に、私一人きりで立たされている。