音に溺れる




はぐらかすように笑った後。日向はわざとらしく短く息を吐き、自分を覆う防壁を立て直すように、いつものプロデューサーとしての冷静なトーンで口を開いた。

「ま、現実問題としてさ。俺の曲が先にあるから、かもな」

「……曲が?」

「あぁ。俺、あんまりそもそも感情的な曲書くの、得意な方じゃないからーー」

彼は手の中の空になったコーヒー缶を見つめながら、淡々と続ける。

「それに合わせて書こうと思うと、シキの気持ちとかを、多分少なからず阻害してるところもあると思ってる」

すべてを自分のコントロール下に置きたがる彼が。自分の作るメロディが私の言葉を制限していると、自らの非を認めるような言葉。
驚く私をよそに、彼はさらに思いがけない提案を口にした。

「次の曲、シキさえ良ければ詩先で作ってみてもいいよ。……俺も、一度やってみたい」

「……いいの?」

いつも『曲先』で完璧な土台を作り、私にそれに合わせた綺麗な言葉を当てはめさせていた彼が、私に主導権を委ねるなんて。

戸惑いながら聞き返すと、日向は少しだけ目を伏せ、夜風に溶けるような微かな声で付け足した。

「……いいよ。思い出だろ」

思い出。

その単語が耳に届いた瞬間、私の心臓が冷たく嫌な音を立てた。
春先の冷気に晒された彼の、少しだけ寂しそうな、すべてを諦めきったような表情を見て。私はつい、その言葉の裏にあるものまで深読みしてしまった。

「……なんか、日向らしくないな」

「そうか?」

「……まるで、一緒につくるの、最後みたい」

震える声でそう告げると。

日向は缶を弄る手をピタリと止め、ゆっくりとこちらを向いた。

数秒の、重たくて息苦しい沈黙。
それから彼は、観念したように、あるいは自分の不用意さを自嘲するように、短く息を吐いて笑った。

「変なとこで勘がいいなー、お前は……」

冗談めかした口調だったけれど、その瞳はひどく真剣で、揺らいでいた。

「え……? ……それって……?」

「いや……」

私がすがりつくように一歩踏み出そうとしたのを制するように、日向は静かに首を振り、いつもの彼らしい、感情を切り離したような冷たい声で言葉を切った。

「……後で話す」

それだけを残し、彼は私に背を向けて、騒がしい打ち上げの席へと戻っていく。

彼の背中を見送る私の足は、まるでアスファルトに縫い付けられたように、一歩も動かすことができなかった。