ステージが終わり、僅かに言葉を交わすことが出来た時間。私は、サマーレモネードのボーカルの歩美さんに、抱えた疑問を打ち明けていた。
「えー? 何でそんな刺さる歌詞が書けるのかって?」
鏡前でメイクを落としていた歩美さんは、不思議そうに目を丸くして笑う。すると、その横からベースのメンバーが、缶ビール片手にニヤニヤと茶々を入れた。
「こいつがメンヘラの女王だからに決まってる」
「ちょっと、うるさい! 営業妨害しないでよ!」
ギャーギャーと言い合う先輩たちの姿を見つめながら、私は膝の上でぎゅっと両手を握りしめる。
ーー『お願い もっとあたしを 置き去りにして』
サマレモの代表曲で歌い上げられる、あの印象的なワンフレーズ。
愛する人に向けられたはずのその言葉は、あまりにも痛切で、矛盾していて、ドロドロに歪んでいた。けれど、だからこそ聴く者の心を強烈に抉ってくる。
あんな深く重たい言葉は。今の私からは、逆立ちしたって出てこない。
ひとしきりメンバーを追い払った後。先輩はくるりと椅子を回し、少しだけ真面目な顔で私を真っ直ぐに見つめた。
「シキちゃんの書く歌詞って、綺麗だよねー」
ふと、核心を突くような静かな声だった。
「穢れを知らないって言うか。まっすぐで、純情」
褒め言葉のようでいて、どこか未熟さを見透かされているようなその響きに、私は上手く返事ができず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「日向君の作る曲もそうだから、多分それが上手くハマってるんだろうけど」
先輩はそう言って、ふっと少しだけ自嘲するように、大人びた笑みを浮かべた。
「人間ってさ、綺麗に必ずしも生きられるわけじゃないから」
泥沼のような嫉妬、理性を吹き飛ばす執着、どうしようもない自己嫌悪。そういう醜い感情をくぐり抜けてきた人間だけが持つ、痛々しくて、だからこそ目を逸らせない凄み。
今の私たちの音楽には、その『毒』がないのだと、先輩は言っているのだ。
「ま、たまには音楽を忘れるくらい、自分が自分でいられなくなるくらい、激しい恋でもしてみなさいって。若いんだから」
ポン、と軽く肩を叩かれる。
先輩は「お疲れ様!」と明るく言い残して、楽屋を出て行った。
残された静寂の中。
『自分が自分でいられなくなるくらいの、激しい恋』という言葉が、私の胸の奥で波紋のように広がる。
音楽を忘れるくらい。
綺麗に生きられなくなるくらい。
その言葉の余韻の中で。私の脳裏を無意識に掠めたのは、暗いステージの上で鍵盤を叩く、日向のあの氷のように冷たくて綺麗な横顔だった。

