音に溺れる



水瀬との関係は、どこか満たされない苦しさを押し殺して、口を開けばつい溢れそうになる下らない独占欲を押さえつけることで、表面上は上手く回っていた。

彼女に直接ぶつけられない感情はすべて、俺は音楽にぶつけていて。

そんな風に上手く『大人』を演じきることで。皮肉なことに、俺が彼女よりも音楽に身を捧げるそぶりを見せている時だけ、水瀬はこの関係に満足しているようだった。

「ーーはい。それから、CDの売上が最近想定以上に増えてて。特典ステッカーのほう、生産増やせますか。えぇ、希望納期は……」

ノートパソコンの画面でスケジュールを確認しながら、電話口の業者と事務的なやり取りを交わす。

通話を終えてスマートフォンを机に放り投げると、向かいに座りながらも講義のレジュメをめくっていた水瀬が、ふとこちらへ視線を向けた。

「……忙しそうだね。またライブだっけ」

「そう。来週は京都」

手元の資料から目を離さずに短い返事を返すと、水瀬は少しだけ呆れたような、けれどどこか感心したような響きで息を吐いた。

「テスト期間だってのによくやる」

「そろそろ、テスト期間じゃない期間の方が珍しくなってきたからな」

医学部の異常なカリキュラムを思い出して自嘲気味に肩をすくめると、水瀬は堪えきれないように声を上げて笑った。

「あっはっは、医学科ってほんっと学年上がるごとにテストの数倍になるよね」

飾り気のない、楽しげな笑い声。

束縛も、重たい愛情も、見苦しい本音もすべて隠して。俺がこうして自分の世界で忙しく立ち回り、彼女を置き去りにしている時だけ、彼女はこんな風に心地よさそうに笑ってくれる。