音に溺れる




冬の澄み切った夜空に、彼女の純粋で果てしない夢が溶けていく。

打算も計算もない、ただ歌で誰かと繋がりたいというその真っ直ぐな願いに、俺はゆっくりと、確信を込めて頷いた。

「……シキなら、大丈夫だよ」

俺の言葉に、シキは嬉しそうに目を細める。

その無防備な笑顔を見ていると、胸の奥底に澱んでいた自己嫌悪が、ふっと口をついて出た。

「……ごめんな」

俺がポツリと謝ると、シキは心底不思議そうな顔をした。

丸く見開かれた瞳に、俺は自嘲気味な笑みを浮かべて続ける。

「……一緒の夢を、見れなくて」

俺がそう言うと。
シキは一瞬だけきょとんとした後、ふふっ、と声を出して、おかしそうに笑った。

「いいよ。初めから、そういう約束だったでしょう。ずっとは続けられないって」

彼女の言う通りだった。バンドを結成した時、俺は明確に「長くても3年か4年」という期限を示していた。

俺のレールはあくまで医学部にあり、いずれは医者というシステムに組み込まれる運命にある。彼女はそのことを、一度だって責めたことはない。

「日向が現実見ちゃう人間なんだろうなぁって、この一年ずっと一緒に居て分かったし……」

シキは夜空を見上げ、少しだけ大人びた横顔で微笑んだ。

「私のバカみたいな夢に、日向を付き合わせたいなんて、思わないよ」

それは、冷たく突き放す言葉ではなかった。

俺が抱えている重圧や、決して譲れない現実的な防衛本能を、彼女なりに理解し、気遣ってくれる最大限の優しさだった。

「それに、私、純粋にいつか見てみたいなぁって思うよ。かっこいいお医者さんになった日向。……本当に、応援してる」

俺が、母親を死なせてしまったトラウマから逃げるように選んだ、罪滅ぼしのような『医者』という道。

『金が欲しいからだ』なんて酷く現実的な理由を口にした俺に対して、
シキはただ純粋に、一切の濁りもなく「かっこいい」「応援している」と肯定してくれた。

その言葉が、暗闇でもがいていた俺にとってどれほどの救いになったか。きっとこの人は、一生気づかないだろう。

シキは空になったココアの缶を両手で包み直すと、真っ直ぐに俺の目を見た。

その瞳には、かつてライブハウスの片隅で俯いていた頃の面影はない。


「ーーねぇ、いつか、日向も聴いてね。 
わたしの、作った曲」


その瞳は。
まるで冬の星空のように、煌めいていた。

……この子を見つけられて、一緒に音楽が出来て、ほんとうに良かった。その瞳を見つめながら思う。

きっと俺は、これから先何度だって彼女の音楽に救われる、沢山の人間の内の一人だから。