音に溺れる





その数日後。

アンプの電源を落とし、それぞれが機材の片付けを始めていた練習終わりのスタジオでのことだった。

私はマイクのケーブルを巻きながら、先日の図書室での敗北を思い出し、素直に「教えてくれた本、難しかった」と、あくまで雑談程度の軽いトーンでぼやきを漏らした。

キーボードをケースにしまおうとしていた日向の手が、ピタリと止まる。

彼は少しだけ眉間に皺を寄せ、こちらを振り返った。

「……別に、法則を理解すれば難しくない。ただ……悪い、俺もシキの持ってる前提知識をあんまり把握してないから、適当なこと言った」

彼なりの謝罪なのか、少しだけバツの悪そうな顔をして、日向はキーボードケースから手を離した。

「……で、何が分からない?」

教えてやる、と言わんばかりのその態度に、私は少しだけ胸が弾むのを感じながら、本を開いて最初にぶつかった最大の壁を口にした。

「まず、対位法って何」

その瞬間、日向の顔がわずかに引きつり、スッと曇った気がした。

『お前、そんなことも知らずにボーカルやってたのか』

声にこそ出さなかったものの、彼の冷ややかな瞳が確実にそう雄弁に語っていた気がする。
いや、気のせいだ。ただの私の被害妄想だと信じたい。


気まずい沈黙が、シンと静まり返ったスタジオに数秒間だけ流れた。