音に溺れる



「じゃあ、日向の夢は、お金持ちになること?」

冷え切った両手でココアの缶を包み込みながら、シキが小首を傾げて尋ねてくる。

そのあまりにも真っ直ぐで無邪気な問いかけに、俺は手の中のブラックコーヒーを見つめたまま、微かに息を呑んだ。

ーー本当は、どうしても叶えたい夢が、一つだけあった。

金持ちになって豪遊したいわけでも、社会的地位を見せびらかしたいわけでもない。
金が欲しいと思うのは、別に戦う為の剣が欲しいからじゃない。
ただ、大切なものを絶対的に守り抜ける盾になりたかったからだ。


他人が聞いたら、笑ってしまうほど小さな夢かもしれないけれど、俺はーー

家族が、欲しい。
……子供が、欲しい。


俺がすべての責任と重圧を背負い、完璧な防壁となって守り抜くことで。

誰も金で苦労せず、誰も、突然いなくなったりなんかしない。誰も悲しまない。そんな、心の底から『安心して帰れる場所』が欲しい。


けれど。

(……そんなの、人に言うような夢じゃない)

20歳の、まだ何者でもない学生が語るには、あまりにも重苦しくて、生々しくて、悲壮感に満ちすぎている。

水瀬にだって、こんな本音は一度もこぼしたことがない。俺のこの底なしの渇望を知れば、自立を重んじる彼女は、きっと今以上に俺を『重い』と軽蔑するだろう。

冷たい夜風が、二人の間を吹き抜ける。

俺は、胸の奥で渦巻くそのドロドロとした重たい感情に分厚い蓋をして。いつも通りの、少しだけ擦れた『今時の大学生』の仮面を被り直した。

「……そうだよ。金稼いでめちゃくちゃモテたいんだよ。悪いか」

わざとらしく肩をすくめ、自嘲気味に鼻で笑ってそう吐き捨てる。

すると、隣に座っていたシキは、パチリと何度か瞬きをした後ーー。

「うわ、絶対嘘」

心底呆れたような、けれどどこかおかしくてたまらないといった様子で、ふふっと小さく吹き出した。

「は? なんで嘘だって分かるんだよ」

「だって日向、全然そんな顔してないもん。もっとこう、すっごく真面目で、不器用な顔してた」

シキはココアの缶に口をつけながら、俺のくだらない強がりを、一切の深読みもせずにあっさりと笑い飛ばした。

「……お前なぁ」

俺が恨めしそうに睨みつけても、シキは「あはは」と悪びれずに笑っているだけだ。

彼女は俺の嘘を見抜いたくせに、それ以上「じゃあ本当の夢は何?」と野暮な詮索をしてくることはなかった。ただ、嘘をついている俺の隣に、当たり前のように寄り添ってくれている。

その、適当で、心地の良い距離感。

水瀬といる時のように、余計な表情の読み合いも駆け引きも何もいらない、この空間に。

俺は、張り詰めていた肩の力がふっと抜けていくのを感じながら、呆れたように小さく息を吐き出した。