どれだけ大人ぶったって、どれだけバンドが成功していたって、俺はまだ20歳で、あまりに色々なことを知らなさすぎて。
そして、とにかく、自分に自信なんて持てていなかった。
全て虚勢だった。
ーーだからこそ、水瀬のあの全てを見透かしたような完璧なガラス細工の瞳を真正面から見つめるのがいつも、怖かった。
ツアーの日程をまた一つ消化した帰り。
深夜の東名高速、浜松サービスエリア。
大型トラックの低いエンジン音が遠くで響く中、自販機の放つ白々しい蛍光灯の光が、冬の冷たい夜の空気を切り取っていた。
手元のスマートフォンの画面には、数日前に水瀬から送られてきたメッセージが表示されたままだ。
『あんたのその「守る」って言葉、勝手に檻で飼おうとしてるみたい』
ーーその痛烈な拒絶の言葉に、俺は未だに返信できずにいた。
彼女の言う通りかもしれない。俺の「守りたい」という感情は、相手の意思を無視した独りよがりな檻だ。
それでも、俺の中にあるこの強迫観念のような庇護欲を、どうすれば手放せるのか、自分でも全く分からなかった。
「……日向の夢って、どんなの?」
ふいに隣から響いた声に、俺は弾かれたように画面を伏せた。
温かいココアの缶を両手で包み込んだシキが、白い息を吐きながら俺を見上げている。
「何、急に」
「いや。なんでお医者さんになろうとしてるのかとか、そういや知らないなって思って」
シキは悪びれもせず、自販機の横のベンチに腰を下ろした。
普段なら適当な嘘で煙に巻くところだが、深夜の冷たい空気と、彼女のただ真っ直ぐな視線が、俺の口をわずかに滑らせた。
「……8割ぐらい、金だよ」
俺が吐き捨てるように短く答えると、シキは少しだけ目を丸くして、それから呆れたように息を吐いた。
「……ねぇ。何かかっこいい理由あるんだろうなって、私、信じてたんだけど」
「悪いな、期待を裏切って」
缶コーヒーのプルタブを引き開け、一口流し込む。ブラックの苦味が、喉の奥をザラリと撫でていく。
「……大事だよ。金さえあれば守れる不幸なんて、世の中に腐るほどある」
冷たい夜風の向こう側に、いつかの記憶がフラッシュバックする。
俺が高校一年の時に、突然過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となった母親。
俺がピアニストになる夢を諦めたことも、その贖罪のように医学部を進路に選んだことも知らないまま、永遠に綺麗で安らかな顔のままで止まっているあの人。
清貧なんて、ちっとも美徳なんかじゃない。
現実はもっと残酷で、無機質だ。実際、金さえあれば、あの人は働き詰めで死なずに済んだのだ。
どんなに綺麗な言葉で飾ろうと、あんなの、幸せな結末じゃなかった。
……父親の生き方を否定する訳じゃない。
あの人の仕事は、例え大金を稼げるようなものではなくても、あの人が語る言葉や祈りに救われている人がいることは確かだ。それも一つの正しさなのだろう。
それでも、もし。
自分が家庭というものを持つとしたら。俺は絶対に、金で苦労させない。
他の全ての苦労も、押し潰されそうな不安も、全部自分が背負い込んだっていい。
……そうやって、俺の手で、あの不幸な結末を上書きできたら。
俺はやっと、全ての後悔を手放せる気がする。
「……ふーん」
シキはそれ以上深く踏み込んでくることはなく、ただ夜空を見上げてココアを一口飲んだ。
「まあ、日向らしいっちゃ、日向らしいね」
肯定も否定もしない、そのフラットな声。
それが今の俺にとってどれほど心地のいいものか、きっと彼女は一生気づかないだろう。
俺は再びスマートフォンに目を落とし、水瀬のメッセージを見つめながら、どうしようもないほどの断絶を静かに噛み締めていた。

