「てか御崎君ってそういや、バンドやってるんだってねー! インディーズ?」
私が氷を弄る音を遮るように、向かいの席の同期が思い出したように声を上げた。
それに呼応して、隣の同期も唐揚げを頬張りながら激しく頷く。
「あ、それ! この間たまたま渋谷のタワレコ行ったら、フリーペーパーで特集されててびっくりしたんだけど」
「ひぇ、まじで? 検索したら出てくる?」
「うん、普通に出てくるよ。なんか熱狂的なファンもいるっぽくて、ちょっとした芸能人じゃんって思った」
スマートフォンを取り出し、手慣れた手つきで『御崎日向 バンド』と検索し始める友人たち。
画面に映し出された彼のアーティスト写真を見て、「え、やば、ステージだと雰囲気全然違う!」「かっこいい!」と黄色い声が上がる。
「医軽音(医学部の軽音楽部)の新歓で初めて会った時、めーーっちゃピアノ上手い子いるって話題なってたのに、結局入らなかったのそういうことかー。学生のお遊びバンドじゃ物足りなかったんだね」
「そりゃそうでしょ。プロ目指してんでしょ?」
盛り上がる彼女たちをよそに、私はどこか遠い世界の話でも聞くように、ただ静かに相槌を打っていた。
彼の弾くピアノが、そんなどこにでもある学生サークルの枠に収まるような凡庸なものではないことくらい、最初から分かっていた。
あんな息の詰まるような、全てを切り裂くような冷たい音を弾く人間が、ただの『お遊び』で満足できるはずがない。
「ーー瑞希、あんまり余裕こいてると、バンドの知り合いに彼氏取られても知らないよ?」
画面から顔を上げた先輩が、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて私を小突いた。
「そうだよ! バンド界隈って可愛い子多いし、絶対モテるって御崎君!」
「取られてから泣いても遅いんだからねー」
からかうような友人たちの言葉に。
私は、ふっと小さく鼻で笑って、冷え切ったグラスを傾けた。
「……別に。取れるものなら、取ってみればいいわ」
「うわっ、出た! 強気!」
「御崎君の愛を信じきってる女のセリフだわー」
キャーキャーとはやし立てる彼女たちには、きっと一生理解できないだろう。
私が強がっているわけでも、彼の愛情にあぐらをかいているわけでもないということを。
(……取られる、か)
脳裏に浮かんだのは、彼に呼ばれたあの打ち上げの席にいた、小柄で、天真爛漫そうな、あのボーカルの女の子のことだった。
シキ、と呼ばれていた彼女。
彼が、私なんかの前で無理をして『大人の男』を取り繕うのをやめて。
あの圧倒的な才能を持つ彼女の声に、そして音楽という絶対的な世界に、彼自身のすべてを捧げて溺れてくれるというのなら。
ーーむしろ、そっちの方がずっといい。
私にすがりついて、くだらない束縛で自尊心を満たそうとする惨めな彼を見続けるくらいなら。
いっそ誰かが、あるいは『音楽』が、私から彼を完全に奪い去ってくれた方が、ずっと美しいのに。
そんな残酷な本音を冷たい酒と一緒に飲み込んで、私はただ、退屈そうに頬杖をついた。

