居酒屋の喧騒の中、テーブルの上に置いていたスマートフォンが短く震えた。
画面に浮かび上がったのは、『御崎日向』という短い名前とメッセージの通知。
「ん? 瑞希、彼氏から?」
隣に座っていた陸上部の同期が、ジョッキを傾けながら興味津々に覗き込んでくる。
私は表情を変えずに画面を一瞥し、短く答えた。
「えぇ。『迎えに行く』って」
「うわ、いい彼氏じゃーん! イケメンだしね、御崎君」
向かいの席に座っていた先輩も、唐揚げにレモンを絞りながら会話に加わってくる。
「あー、私それ思ってた! 御崎君って、部活とかやってないから普段はあんまり目立たないけど、普通に優しいし頼りになるよね」
『優しい』『頼りになる』。
周囲の女の子たちが口を揃えて彼に抱く、そのテンプレのような評価に、私は内心で小さくため息をつき、スマートフォンの画面を裏返してテーブルに伏せた。
「……どこがよ。一種の束縛でしょ、送迎なんて」
私が冷めた声で言い放つと、テーブルの上の空気が一瞬だけピタリと止まった。
「……うわ、そんな風に言う? かわいそ、御崎君」
同期がドン引きしたような顔で肩をすくめる。世間一般の基準で言えば、今の私の発言は『愛されているのに文句を言う、可愛気のない冷たい女』のそれだろう。
けれど、事実なのだから仕方がない。
「私は、守ってほしいなんて一言も言ってない」
手元のグラスについた水滴を指でなぞりながら、淡々と事実だけを口にする。
夜道が危ないから。心配だから。
彼が口にするそれらしい言い訳の裏側に、ひどく幼くて醜い『独占欲』と『不安』がへばりついていることくらい、とっくに気づいている。
私が他の男の目に触れるのが嫌で、自分自身の不安を解消するために、私を自分の管理下に置こうとしているだけ。彼の『優しさ』は、私のためではなく、彼自身のためのものだ。
「ほんっと言うわーこの子! 御崎君が不憫すぎる」
友人が呆れたように笑いながら、私におしぼりを投げつけてくる。
私はそれを軽く避けて、残っていたグラスの酒を飲み干した。
「大人しく、自分の人生生きてればいいのよ」
誰も、自分の人生の穴埋めを他人にさせるべきじゃない。
私に縋り付いて、私を繋ぎ止めることで自尊心を満たそうとする、そんな余裕のない顔なんて見たくない。
「別に束縛なんかしなくたって……気分になれば会うし、セックスもする」
呆気にとられる友人たちをよそに、私はどこか冷めきった頭で、あの完璧な横顔で鍵盤を叩く彼の姿を思い出していた。
彼には、彼にしか見えない盤面があって、誰にも触れられない才能がある。
私なんかに執着しないで、ただその圧倒的な世界の中で、勝手に輝いていればいいのに。

