音に溺れる





「よし、決めた! せっかくの初日打ち上げなんだからさ」

瀬野さんがジョッキをドンッとテーブルに置き、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて身を乗り出してきた。

「御崎さんのその完璧すぎる『大人の男』の仮面を、今日はすこし剥がしてやることを目標にしよう。まずは定番の質問からだ」

冗談めかしてこちらを指差す先輩バンドマンに、俺は「お手柔らかにお願いしますよ」と苦笑いで応じる。どうせ大した振りじゃない。適当に当たり障りのない相槌を打って、煙に巻いてしまえばいい。

そうやって、いつものように会話の主導権を握ろうとした矢先だった。

「ーー彼女はいるの? いそう」

瀬野さんのその直球すぎる質問に。

俺が「さあ、どうでしょうね」と、無難ではぐらかすような返答のシステムを口先まで用意した、その瞬間。

「いますよ。こないだわざわざ、身内の打ち上げに連れてきてたんすよ。すげー美人の」

隣に座っていたマサキが、口に枝豆を放り込みながら、あっけらかんと横槍を入れた。

「……っ」

(ーー余計なことを)

俺は、非難するようにわざとらしく、冷ややかな視線でマサキを睨みつけた。

マサキは「うおっ、リーダー怖い」と肩をすくめておどけてみせるが、俺の胸の奥では、冷や汗のような嫌な動悸がドクンと跳ねていた。

「へぇー!! やっぱりいるんだ! しかも打ち上げに連れてくるなんて、御崎さん結構そういうところオープンなんだね!?」

瀬野さんが「意外だ!」とばかりに目を輝かせている。

違う。オープンなわけじゃない。

あんな風に彼女をわざわざ人前に晒して、自分の所有物だとアピールしたのは。

俺がただ、自分の空っぽな自尊心を満たし、「上手くやっている」という形を他人の前で取らなければ壊れてしまいそうだったからだ。

暗い部屋のベッドの上で、一人血を吐くような思いで突きつけられた残酷な自己嫌悪。

マサキの悪気のない言葉は、かさぶたになりかけていたその生傷を、容赦無く抉り出していた。

「……まぁ、たまたまタイミングが合っただけですよ」

動揺を微塵も悟らせないよう、俺は表情筋を完璧に統制して、静かにウーロン茶のグラスを傾ける。

瀬野さんは「えー、写真ないの!? 見てみたい!」と完全に食いついているが、俺は「写真嫌いな人なんで」と即座にシャットアウトした。