音に溺れる






そう。上手くいっていた。
バンドの方は、本当のほんとうに上手くいっていた。

もちろん少しでも気を抜けばあっという間にファンの興味は他のバンドに移り、ライブの運営は大赤字を叩き出すだろう綱渡りはずっと続いていた。

それでも、俺は恐らくこの多くの才能が鎬を削るインディーズロックの世界で、SNSのアルゴリズムにも埋もれることなく確実な数字を稼げている『勝ち組』だったと思う。



ーー上手くやることができないでいるのは一。

彼女との関係だけだった。


夏の終わりに彼女と付き合いはじめてから、早くも3ヶ月が経とうとしている。

お互いの数少ない休暇の合間を縫って、数時間のデートをして。カフェで医学部の膨大なテスト範囲や、人間関係の愚痴を言い合ったりして。
そしてたまに、どうしようもなくぎこちないまま、暗い部屋で身体を重ねる。

決して、何かが致命的に破綻しているわけじゃない。

会えば他愛のない話で笑い合えるし、彼女が俺を明確に拒絶したことだってない。一般的な『交際している男女』の定義から見れば、何一つ間違ってはいないはずだった。

それでも。

(……セックスって……正直なんかこう、もっと……神聖な、行為なんじゃないかって思ってたんだけどな……)

月の光が満ちる薄暗い部屋で。

冷え始めたシーツに背中を預けながら、俺はじっと自分の手のひらを見つめていた。

もっと、お互いの輪郭が溶け合って、理性が吹き飛んで、どうしようもなく相手を欲しているという『証明』みたいなものになるんじゃないかと思っていた。

身体を繋げば、彼女の心の奥底にある透明なガラス細工に触れることができて、俺が抱えるこの底知れぬ不安も、すべて満たされるのだと。

そう信じて、必死に彼女の肌に触れて、熱を分け合おうとしたけれど。

(……なんか、淡白っていうか)

彼女は、行為の最中もどこか冷静だった。
もちろん声は漏らすし、俺を受け入れてはくれるけれど。俺がどれだけ必死に求めても、彼女の芯にある『水瀬瑞希』という完璧なシステムが熱で崩壊することは、ただの一度もなかった。

だから、終わった後のシーツの上には、いつも得体の知れない虚無感だけが残る。

身体の相性で心を縛り付けられるかもなんて、本気で考えていた自分の浅はかさが嫌になる。

(……何も、確かめた気にならない。逆に、不安になる、なんて……)

彼女は本当に俺で満たされているのだろうか。
ただの生理的な欲求処理や、彼氏という役割に対する義務感で、俺を受け入れているだけじゃないのか。

身体を重ねれば重ねるほど、彼女の心は手の届かない安全圏に置かれたままで、俺だけが醜く依存し、情けなく縋り付いているような錯覚に陥っていく。