音に溺れる





時間が過ぎるのは、あまりにも早かった。

9月末に全国ツアーを発表してからというもの、俺の記憶はところどころ不自然に欠落している。

10月、11月と、医学部の容赦ない課題と小テストをこなしながら、並行してツアーグッズの企画立案、メンバーとの終わりの見えないセットリストの議論、インディーズ系音楽雑誌の取材対応、さらには宣伝も兼ねた都内の小規模なイベントへの出演……。

今思い返しただけでも胃液がせり上がってきそうになる殺人的なスケジュールを、文字通り死ぬ気でこなしているうちに。

気づいた時にはもう、街にはすっかり冷たい冬の気配が漂い始めていた。

冷え込む自室のベッドの上で、俺はひどく重い身体を起こし、公式アカウントの運用管理のためにスマートフォンを開く。

タイムラインには、俺たちが身を削って仕掛けた『計算式』の答えが、確かな熱量を持って並んでいた。

@SoundJam_Official
いよいよ来週からツアー開始です。
ちらほら売り切れになってる公演も出てきてるので、迷われてる方はお早めにどうぞ。
複数公演行きますってSNSやイベントで声掛けて下さった方、本当にありがとうございます。
最高の時間をお約束します。

@Supernova_magazine
【注目】現役医学生がリーダーを務める異色のオルタナティブロックバンド『Sound Jam』が、12月10日より初となる対バンでの全国ツアーを開始! Supernova編集部が現在最注目のバンドです。

@SummerLemonade_Ayu
ようやく来週から!
現在私の最推しバンドです。
私たちサマーレモネードはツアーファイナルの東京公演、恵比寿LIQUIDROOMでお待ちしています!(早くもSold out感謝です!)


スクロールする指を止め、画面の向こう側で起きている熱狂の可視化を静かに見つめる。
恵比寿LIQUIDROOMのソールドアウト。

それは、サマーレモネードという強大な知名度を借りた結果だとしても、インディーズバンドにとっては紛れもない偉業だった。他の地方公演のチケットの捌け具合も、俺の事前シミュレーションをはるかに上回るペースで推移している。

完璧に組み上げたはずのスケジュールは、何度も俺のキャパシティを食い破り、破綻しかけた。その度に睡眠時間と精神力を限界まで削って、無理やりシステムを繋ぎ止めてきた。

(……あぁ、本当に。吐きそうなくらい、しんどかった)

けれど。

あの夜、震える手でホワイトボードに書き殴った無謀なロードマップは、今や誰も無視できない巨大なムーブメントになりつつある。
スマートフォンの画面を落とし、冬の冷たい空気を深く吸い込む。

疲労で軋む身体の奥底で、音楽業界という巨大な盤面を自分たちの力で支配しつつあるという、甘く痺れるような高揚感と達成感が静かに渦巻いていた。