「最近さ」
白く濁る息を夜風に溶かしながら、私はふと、隣を歩くサトルに声をかけた。
「……よく考える。このバンド終わったら、何しようかって」
サトルの足音が、ほんの一瞬だけ不自然に途切れたのが分かった。けれど彼は何も言わず、ただ静かに私の次の言葉を待ってくれている。
勿論、日向が医者になる将来を捨ててまで、私と一緒に音楽をやりたいと言ってくれるなら。私はそれがどんなに先細りの茨の道だと分かっていても、迷わず彼に付き合いたいとは思う。
けれど、残念ながらそんな未来は、万にひとつも存在しないのだろう。
彼がかつて、私に絶対的な条件として宣言したように。
この『Sound Jam』というバンドは、あと一年と少しで確実な終わりを迎える。
シンデレラの魔法が解ける時間は、最初から冷酷なまでに決まっているのだ。
「やっぱりさ、嫌だって思っても、普通に働かなきゃいけないんだろうな、とは思うんだよね」
オレンジ色の街灯に照らされた自分の頼りない影を見つめながら、私は自嘲気味に笑った。
「何が似合うと思う? 私、基本的に歌う以外ポンコツだからさ」
私のその投げやりで、ひどく諦めの混じった問いかけに。
サトルは少しだけ困ったように眉を下げて、それから、いつものように優しく笑った。
「ポンコツって……お前なぁ。いっつも思うけど、何でそんな普段自信ないわけ。ステージの上じゃ別人みたいにキラキラしてるくせに」
「それは……だって、歌だけはって思ってるし……。あんなすごく格好いい女性見た後だと、余計逆に自信無くすよ」
私がむすっと口を尖らせると、サトルは「まぁ、分からんでもないが」と声を立てて笑った。
それから、彼はふと真面目な声色に戻り、遠くの暗い夜空を見上げながら静かに紡いだ。
「シキはさ」
「うん」
「歌う以外ポンコツだなんて、俺は一度も思ったことないよ。でも……」
サトルはそこで言葉を切り、私の方を真っ直ぐに見つめた。
7回告白して、7回フラれて。それでもいつだって私の選択を全肯定して隣にいてくれた、優しくて、少しだけ不器用な幼馴染の目。
「お前が『歌うこと』を手放して、普通の仕事をしてる姿は……俺には、全然想像つかないや」
「……っ」
「日向がいなくても。……たとえこのバンドが終わっても。シキには、ずっと歌っていてほしいって思うよ。俺の勝手な我儘だけどさ」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと、泣きたくなるくらいに締め付けられた。
日向が与えてくれた、この圧倒的な光の中でしか、私は息ができないと思い込んでいた。彼が離れてしまえば、私の音楽もそこで終わってしまうのだと。
けれど、サトルのその優しすぎる我儘は、光が消えたあとの真っ暗な道にも、確かな道標を灯してくれているような気がして。
「……そっか。ありがとう」
私は、少しだけ震えそうになる声をマフラーの奥に隠して、彼の優しさに縋るように短く呟いた。

