音に溺れる




練習が休みの日。私は普段なら滅多に立ち寄らない、静まり返った図書館に足を運んだ。

紙の匂いが立ち込める薄暗い書架を歩き回り、テーブルに積み上げたのは、分厚い音楽理論の本だった。パラパラとページをめくっても、見慣れない専門用語と複雑な数式のような記号が並んでいるだけで、頭が痛くなりそうだった。

私は、理論を知らない。

これを必死に読み込んだところで、日向みたいに美しくて狂いのない、最高に良い曲が作れるようになるとは到底思えなかった。

私と彼とでは、根本的なセンスも、音楽というものへの向き合い方もまるで違う。私はどこまでいっても直感で歌うことしかできないし、彼はどこまでも理屈で音を構築していく。

それでも。

彼が何を考えて、あの真っ白な五線譜に一つ一つの音を載せているのか。ほんの僅かでもいいから、その意思の断片に触れてみたかったのだ。

日向の紡ぐメロディは、一見すると機械的とも取れるほど理路整然としていて、冷たい。
けれど、私がそこに声を合わせて歌い出そうとすると、いつもその奥底に、僅かに滲む「熱」のようなものを感じる。

緻密に計算された冷たい音の羅列の中に確かに隠されている、火傷しそうなほどの熱。

難解なコード進行の解説文を指でなぞりながら、小さく息を吐く。

私はただ、その熱の正体を、どうしても知りたかった。