Silent Summer ~姉に初恋を奪われた~




 カチャ、
「……ただいま」
 私は緊張しながら、ドアを開けた。
 睦美が弾かれたように私を振り返って、鋭く睨んだ。
 その横顔を、父が凝視していた。
 睦美はすぐに父を見上げて縋った。
「パパっ、麦ちゃんを信じないで、お願い」
「……」
 腕を掴まれた父は、睦美の手を取った。  
「……睦美」
 父が睦美の名前を呼んだ。
「なに、パパ」 
 睦美がとろけるような甘えた笑みで父をみつめる。
 ……まるで、私にみせつけるみたいに。

 父が、静かに言った。
「麦に謝りなさい。これまでのことを心から」
「!」
 睦美が打たれたような表情になった。
「……なんで私が悪いことになるの……?」
 涙をぽろりぽろりとこぼす睦美は、まるで“被害者”のそれだった。
「……」 
 私はその姿を冷めた心で眺めた。
 ……今までこうやって生きてきたんだね

「いい加減にしなさい」
 父の隣で、母は怒りで声を震わせていた。
「今まで麦を苦しめてきたのはあなたの方でしょう!」
 母はさっきからずっと、睦美を《《あなた》》と呼んでいる。そのことに私も勇気をもらう。

「――パパ」
 私は父に向って呼びかけた。
 父が睦美の父親であることは知っている。だけども私にとっても父親だ。
 どうか公平に判断して、と願いながら続けた。
「私、睦美の言いなりになってふたりに今までひどい態度取った。ごめんなさい。許してほしいの」
「麦……」
 両手を広げるようにして寄ってきた母に、そのまま肩を抱かれる。
 私は母の手に守られながら、両親に伝えた。
「できるならここからやり直したい! 失った時間は惜しいけど、どうしようもないから。だからここからは三人で、また仲が良かった頃の家族になりたい」

「……なにそれ」
 睦美はすぐに反応した。
 だが両親の手前、いつもの悪態をつくことができず歯軋りしている。 
「――麦ちゃんっ、三人って、どうしてそんなにひどいこと言うのっ」
「……」
 私は睦美を無視して父に言った。
「パパはどう思う? 私とママとやり直したくない?」
「麦っ! む、麦ちゃっんっ、いい加減にして」
 荒い呼吸と共に睦美の声が向かってくる。
 ……そうだね、今までの私なら、睦美の怒りにすぐに黙ったよね。まだそれ、通用すると思ってるんだ、すごいね

「麦、つらい思いさせて悪かった」
 泣きそうな父の目が、私だけを見ていた。
「パパが弱かったよ、謝っても償いきれないよ……」
 子供に――というより、自分に向かって言っているようなその言葉が、流れた月日の長さを指していると気づき、胸が潰されるように痛んだ。
「ママもよ、麦。ごめんね、麦のことずっとほっといて、本当にごめんなさい」
 母の声にも、悔いだけが込められていた。

 ……ああ、
 涙腺が緩んで、慌てて顔を天井に向けた。
 今は、泣かない。

「は、なんで……、なんなの?」
 睦美はひとりごとのように呟き、後退りした。
 私はその様子をじっと見た。
 私の肩を抱いている母も、私と同じ目で睦美を見ている。

「……」
 睦美がたじろぐのが分かった。
 だけど謝る気はさらさらないようだった。
 すぐにその目に、ぎらついた憎しみが戻ってきた。
「――わかった。もう、いい」
 睦美が私にしか見せなかった低い声で唸るように言った。そうして母を指さした。

「やっぱりあなたは《《私のママ》》にはなれない――せっかく許してあげようとしたのに、やめた。おじいちゃんとおばあちゃんが言っていたとおり、どうしようもない人間」
「……っ」   
 私の隣で母が傷ついたのが分かった。
 自分の親に陰でそんなことを言われて、悲しくないわけがない。
 母が言葉を詰まらせた――そこを見逃さない睦美は、さらに言葉を重ねた。
「私のママからパパを奪って、のうのうと暮らして、ほんと図々しい」
「!」
 ……睦美、あんた……っ、
 ――許せない!
 
 母を守ろう、私は大きく息を吸った。
 けれど私よりも早く父が口を開いた。