碧とつないだ手が熱い。
碧が自分の味方だったことが、じわじわと心を満たしている。
通りに出ると、碧はすぐに私の頬を気にした。
「むーちゃん、痛くない?」
「痛い、かな」
正直に弱音を吐いた。
全部見られていたんだから、嘘をついてもしょうがない。
「アオくん、どこか入ろ!」
「そうだね」
土地勘がない私たちは歩きながらきょろきょろする。目についた居酒屋の看板を同時に見上げた。
「ここでいいかな?」
「うん、いいよいいよ」
……アオくんと一緒ならどこだっていい!
大衆的な賑やかな店内の、二人掛けのテーブル席に案内された。
狭くて、より密着する体勢になってしまいすごく恥ずかしくて、でも嬉しかった。
碧は私につき合ってか、ウーロン茶を注文した。
そしてサラダや揚げ物や、焼き物をいくつか頼んだ。
「アオくん、さっきは助けに来てくれてありがとう」
店員が去るのを待って、すぐに伝えた。お礼が言いたくてたまらなかった。
「あっ、うん――あ、いや……」
歯切れが悪い碧に首をかしげた。
「何から話そう」
碧は途方に暮れたような表情になった。
「えっと、――そうだな、まず謝らせて」
謝る? なんで? という私の視線に、碧は生唾を飲んでから一気に言った。
「むーちゃんに『一緒に復讐してる』って言えなかったことごめん」
「あ……」
碧が睦美を断罪した言葉から、ある程度の状況は見えていた。
私は、質問というより確信を込めて聞いた。
「……れいちゃんと一緒に動いてくれてたんだね?」
「うん」
……やっぱり
さっき、ダイニングカフェを出る直前、ガラスドアに映った背後の店内に、麗の姿があった気がしたのだ。碧が指先で合図を送っているのも見えた。
「――あ、れいちゃんとは打ち合わせ済みだから、後で合流しよう」
私の心を読んだかのように、碧が言った。
目の奥がじわっと温かくなる。
……私はずっと、守られていたんだね
「アオくんは、最初から睦美が私じゃないことに気づいてたの?」
「うん――」
そこから私たちは、『答え合わせ』のような会話を始めた。
「最初はあの子をむーちゃんだと思い込んだ。呼びかけたらすぐ振り向いたし、俺の目のことも、知ってたし」
「そっか……」
そこまで合っていたら、誰だって間違えるだろう。
問題は、睦美が私のふりをして碧と会話を続けたという事実の方だ。
「あの子だろ? 俺たちの手紙むーちゃんに渡さなかったのって」
「……」
返答に困りながら小さく、たぶん、と伝えた。
「それに、むーちゃんにあんなこと。俺は絶対許さないよ」
「アオくん」
胸が震えた。この言葉をどれほど聞きたかったか。碧に、私の味方になってほしいと願ったか。
「本当は、むーちゃんのお母さんの実家へ行ったとき打ち明けるべきだった」
私は首を横に振った。
あの時は私が勝手に誤解したのだ。
ふたりきりになれば男の子はみんな睦美に恋をした――その先入観があったから。
それに……
「ねえ、アオくん」
「なに?」
何でも聞いて、とでも言いたげな真剣な顔つきが向かってきて、私は目を泳がせる。
「……アパート――、アオくんのアパートで、私が先に部屋にいること知ってた?」
「うん」
!
やっぱり……
「それで、睦美の――嘘を、私に見せようと……?」
碧が頷く。
「れいちゃんが、『自分の胸に大きな傷ができて、親がお医者さんなら相談するよね』って言葉にしてくれてさ」
ああ……、
いろいろと腑に落ちて、私は静かに納得した。
「俺も自分の病気を治すために頑張った。治そうともしないのは不自然だと思った。だから『確かめよう』って」
“加害者”だった私は考えることを放棄してしまったけど、麗に言われて初めて冷静に判断できたことがいくつもあった。
「そうだったんだね……」
ふたりの機転がなければ、私は今も自分の境遇をあきらめていただろう。
「でも」
碧が肩を落とした。
「むーちゃんが、ここまでしたのに……俺、大失敗した、ごめん」
「失敗?」
「実は、俺が同級生たち連れて部屋に乗り込む段取りだったんだ」
「あ」
水面下ではそんなことまで麗と打ち合わせてくれたのかと、胸が熱くなった。
「最初はなんとか我慢した……けど、二度目は冷静でいられなかった」
「……」
咄嗟に自分の頬を触ってしまった。
あんなぶたれ方、私だって想像していなかった。
それだけ睦美は従順な私に慣れていたのだろうし、なんとしても私の自我を折って、元の立場に戻そうとしたのだろう。
「でもみんな、動画は見てたんでしょう?」
「もちろんだよ。言葉を失ってたよ」
「じゃあ全然、それでいいよ!」
睦美のことだから、『フェイク動画だ』と言い逃れるかもしれない――そう思ったから、実際に睦美の姿を見せたかった。けれど、“あの場にいた碧が『私たちの動画』の中に入ってきた”。それがなによりの証拠になったはずだ。
……それに、
アオくんは、私が睦美に叩かれるのを見ていられなくて、助けに来てくれたんでしょう?
「――あ、光里ちゃんからメール入ってる」
と、碧はスマホに手を伸ばした。
私もつられてサコッシュからスマホを出す。
開くと麗からメッセージが入っていた。
麗:アオくんと一緒だよね!
これまでの誤解の分、
ふたりでゆっくり喋ってよね😊
私はすぐに、ありがとうと返信する。
顔を上げると碧も文字を打ち込んでいた。
「なんて?」
思わず、聞いた。
「俺が急に画面に現れたから光里ちゃん驚いたらしい」
すぐに返信がきたようだ。
「あれから、光里ちゃんたちも隣の部屋に合流したって」
そうなんだね、と碧のスマホを覗き込んだ。
一緒に読む。
光里:碧君の彼女がむーちゃんの妹って、
びっくりだった
けどいろいろつながったよ
光里:かわいそうだったね
私も泣いちゃった😢
でもこれからはみんな味方だよ!
光里:誰もむーちゃんかばってなかったよ
って言うか胸の傷ってなに?
そんなのないって、男どもが暴露してたけど。
週明け、荒れるよ~
「……」
とうとう、睦美の本当の姿をみんなが知った――
その実感がじわじわと湧いてきた。
碧を見る。
碧も私を見た。
その目が優しく、力強く、私に微笑みかけてくれた。
……アオくん、
睦美から取り返したいと願ってきたけど、
最初から取られてなんかなかったんだね
「……よく頑張ったね」
碧の手のひらが私の頭の上に優しく降ってきた。
いろんな想いで胸が詰まって、泣きそうになった。

