Silent Summer ~姉に初恋を奪われた~




「光里ちゃん、合コンのメンバー集めありがとね」
 碧は、打ち合わせのために入ったコーヒーショップで、光里に飲み物を手渡しながら感謝を伝えた。 
「いいのいいの、碧君とカノジョさんのためだもん」
 
 光里にこっそり連絡先を渡されてから、何度か会い本音と事情を聞いた。
 光里の思惑は当初、睦美が狙っている()を手に入れて睦美に“仕返し”をしたいというものだった。だが話を聞いてみると、睦美に告白した男のことが、今も好きなのだという。
 それならば力を貸すよ、と碧は提案した。
 ――実は、俺のカノジョも傷つけられてね。敵を討ちたいんだ。

 光里には、具体的な復讐方法を教えてはいない。
 ただ、合コン会場で睦美の本性を晒すつもりだ――と打ち明けた。
 
 光里は意外に純粋で単純な女の子だった。
 『そのためにむーちゃんに近づいたなんて、すごい愛だね』と碧の行動に感動して涙ぐんだ。

 
「睦美とはずっと仲がいいの?」
 復讐計画を話す前、碧は光里と睦美の関係性を細部まで探った。
 裏切りに合わないよう、念には念を入れた。
「ううん、大学生になってからだよ」
「ん?」  
 大学付属校のため、人間関係はあまり動かないと聞いたことがあるが?
「私たち外進なのよ、だから高校までのむーちゃんのことはよく知らないんだ」
「なるほど、そういうことか」
「むーちゃんって、交友関係を広げるのが好きらしいの。広く浅く、いろんな人と仲良くなりたいタイプなんだって。だから見ない顔だった私たちに声掛けてきたみたい」
「睦美は昔の友達を切って、光里ちゃんたちと一緒にいるってこと?」 
「そういうわけでもないみたい。前の友達とも会ったら仲良く喋ってるし誘われたら遊んでるし。なんていうか、むーちゃんは『憧れ』の存在で、独り占めしちゃいけない――みたいな空気になってるらしい」
 ……なんだそれ
 碧は心の中で白けながら、へえ、と相槌を打って先を促す。
「私たちとも結構別行動多くて。アナウンサー志望だから人脈広げたり、いろいろやることあるんだろうね、って言いながら一緒にいる感じ」
 なるほど。
 そういう関係性なら、友人たちが睦美より光里の味方をしたくなる気持ちも分かる。
 いろいろと腑に落ちて、碧はさらに切り込んだ。
「いざとなったら睦美に寝返るような子たちはいそう?」
 光里は強く横に首を振った。
「そもそもむーちゃんは私たちのことを『取り巻き』みたいに思ってる。口には出さないけどそういう空気、こっちに伝わらないはずないじゃない? みんな内心面白く思ってないよ」
 戦略的な演出が成功したのも狭い世界まで、ということか。
 睦美に対して思い入れがない光里たちには、さほど影響力が及ばないようだ。
 追い風だ、と碧はほくそ笑む。

「碧君のカノジョって、どんな子なの?」
 光里とお互いの恋愛について腹を割ると、当然聞かれる。 
「……」 
 碧は、この復讐で光里にどこまで協力させるか思案していた。
 絶対に失敗できないからこそ、慎重になった。
「そうだなあ、素直でまっすぐで、優しくて、可愛い。今も子供の頃と同じなんだ」
「子供の頃から? 碧君って一途なんだあ、すごーい」
「ただ、俺、長い間こっちに戻ってこれなかったから」
「そっか。そうだったね」
 光里は、うんうん、と頷く。
 睦美は友人たちに碧のことを自慢していて、碧の『情報』は筒抜けだった。
 
「じゃあ碧君がいない間にカノジョさんがむーちゃんにひどいことされたんだね。実際、どんなことされたのか聞いてもいい?」
 麦の名前を伏せて、麗から聞いたことをそのまま話した。
 光里は絶句し、本当に本当に、あのむーちゃんがやったこと? と聞き返してきた。
「睦美の二面性を知っているのは俺のカノジョだけなんだ。そのことが残念で悔しい」
「……わかるよ」
 
  
 碧が決めていることはひとつだった。
 睦美を本気にさせてから、その目の前で麦を選ぶこと。
 睦美の性根の悪さに言及して、その勘違いの自尊心をぶち壊してやること。
 だがその前に、麦に告白がしたい。
 
 ……そう思って様子を窺っていたが、

 ――話したいことがあるの。……全部終わったら、聞いてくれる?
 あの日電話で、麦に言われた。
 碧は焦った。
「……今は、言えない?」
 なんならこれから会って、今までのことを打ち明けて『一緒に復讐しよう!』と、子供の頃に自分が言ってもらったあの言葉を伝えてあげたかった。
 だが麦は、きっぱりと言った。
「後で話したい」

 ……。
 麦は、決めてしまったようだった。
 ……だったら俺は、むーちゃんのためになにをしてあげられる?

 そんなとき、麗が『合コン』という具体的な計画を持ってきた。
 場所選びも難航しているが、睦美を誘い出す口実がないと。 
 碧はふたつ返事で請け負った。

 幹事役と参加者への声掛けは須賀と光里に任せ、麦と麗とは別に会場探しに奔走した。
 そうして条件にぴったりのダイニングカフェをみつけ、麗に教えた。
 
 
 決行の前夜。
 個室と会場を押さえ、麗と再生テストを繰り返した。
 店のHDMIに繋いで投影を確認し、ラベリアの送受信機とカメラの音量も細かく調整した。動画は端末にダウンロード済みだ。個室側の音声は念のため、ボイスメモに同時録音する。麦のマイクは斜め掛けのバッグ内に固定すると聞いている。衣擦れとノイズについては策があるらしい。

 麦が断罪に使う個室は入り口から細長く伸びた廊下の奥。
 手前の部屋はわざとドアを開けて“誰もいない”ことを視覚化する。睦美は油断するはずだ。
 合コン用の会場は入り口から左側、メインフロアの奥。
 専用のレストルームもその一角にある。
 部屋はふたつ押さえた。ひとつには睦美の影響を強く受けた男女を。
 もうひとつには光里と光里の想い人、その友人たちを。友人たちは睦美とは関係なく、光里の恋を応援するために集まる。――これは、光里に“力を貸す”と約束した交換条件だ。

 碧は当日、合コンで進行役を務める。
 睦美を破滅へと導き、麦の名誉を回復させる完璧なナビゲーターとして。
 
 誰にも邪魔はさせない。 

 ……麦のためにできることならなんだってやる。
 そして必ず――麦に告白する。

 準備は整った。