Silent Summer ~姉に初恋を奪われた~


「――そういうわけで、会ったことがなかったおじいさんとおばあさんのお墓参りに行くことにしたの。それに、ママが自分の親の話をしないことも気になってるんだ」
 
 母の故郷へ来たはいいが、墓の場所は分からないこと、母たちのことを知ってる人に何か聞けたらいいなと思っていること、ふたりには迷惑をかけてしまって申し訳ない……などを伝えた。
 私の説明に耳を傾ける麗と碧は、ずっと穏やかな表情だった。

「むーちゃん、“足”のことは心配しないで。先にアオくんに相談してレンタカー手配済みだからさ」
「予習してきてるからまかせて」
「……ごめん、私、自分のことなのにまかせっきりで」
 ホテルの手配も新幹線の切符も私の身なりを整えることも、なにからなにまで麗の手を借りてしまった。そしてここからは碧にも負担を掛けることになる。
「大丈夫! むーちゃんが旅慣れしてないの分かってるから。私もアオくんもあちこち移動して生きてきた分、気が回るだけ」
 麗の横で、碧も親指を立てる。
「運転も自信あるしさ」
 碧が言うと「私も結構上手だけど」と麗もすかさず対抗し、「道民の運転スキルに敵うわけないだろ、てか、れいちゃんまだ『初心者マーク』付だろ」「なんだってえ」とふたりが騒がしくなる。もちろん私に気を遣わせないためだと分かっている。
「喧嘩しないで」
 だから私も、ふたりの思いやりに乗っかった。「タクシーって手もあるから」――この空気感を、心に刻みたかった。
「むーちゃんに満足してもらえるよう精進します」
 碧がかしこまって言い、麗が「分かればいいのよ」と茶化す。
 記憶のままの懐かしいリズムは、楽しかった。
 


   *

 新幹線と電車を乗り継いで、さらに駅からレンタカーで二十分ほどかけて降り立った場所は、川の音が聞き取れるくらいに静かなところだった。
 
 母の実家は更地になっていた。
 ……こんな長閑な土地で暮らしてたんだ
 現在の華やかな睦美とは重ならない。だがおっとりしている母が生まれ育った町だと思えば違和感はなかった。
 
「……とりあえず近所のお家を訪ねてみようかな」
 家はそれなりに連なっていた。
「えっと」
 落ち着きなくうろうろしてしまった私の腕を、碧がそっと掴んでくれた。
「ねえ、少し散策する?」
 麗の声がいつもよりゆっくり私に向かってきた。 
 ふたりが私の動揺に気づいて寄り添ってくれているのだと気づき、心を落ち着かせようと肩で呼吸をした。 
「うん、そう、だね。そうしよっか」
 ありがたく、その提案に頷いた。 
「うん、そう、だね。そうしよっか」
 その提案に頷いた。
「じゃ、私あっち見てくるよ」
 麗が、遠くを指した。
 早足の背中を見送りながら、もしかしたら気を利かせてくれた? と思い当たり、そっと碧を見上げる。
「……」
「……」
 ふたりきりになると途端に感情がもつれてくる。
 嬉しいのに、切なくて、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。
 
「むーちゃん、会えて嬉しかった」
 碧が私から手を離した。その手を――、名残惜しいと思ってしまう自分をひた隠し、笑う。
「……うん、私も嬉しいよ」
「俺は外見なんか気にならないけど、むーちゃんが可愛くてちょっと気まずい……」
「!」
 頬が勝手に引き攣る。
 ……なにが、気まずいの? 睦美に似てること?
「あ、言葉のチョイス間違えてる、俺」
「……」
 私の沈黙が、碧にも伝染した。
 碧が眉間を寄せた。「なんとも思ってない子には平気でいろいろ言えるのに、なにやってんだか……」
 その小声に、遅れて意識が付いていく。
「むーちゃんを前にすると、さ」
 ……それって、どういう意味?
 碧は手で口元を覆っている。もうなにも言ってくれそうにない。
 
「あ、えっと、私、」
 会話を途切れさせたくない一心で話しかける。
「アオくんとれいちゃんの手紙、無視したわけじゃなくて――」
「うん、れいちゃんから聞いた。むーちゃんの元に届いてなかったんだろ」
 私はこく、こく、と頷く。
 
 憶測だけど睦美に騙されていたと知った今、手紙を抜き取ったのは睦美の仕業ではないかと疑っている。 
 最初は、親が手紙を捨てたんだと思い込んだ。
 睦美に比べて可愛げがない私に“罰のようなもの”を与えたのだろう、とか。
 ……けれど今朝の母を見れば、母がそんなことをするはずがないと気づかされる。
 いつも穏やかで他人に寄り添えて、周りの人を優しい気持ちにさせる――私が知っている母は、そういう人だったのに…… 
 睦美によって作られたマイナス思考が、私の視野を狭くしたのだろうと思うと、やり切れない気持ちになった。

「ずっと誤解させてて、ごめんね」
 親のことも碧や麗のことも、ここから先は後悔したくなかった。
「なのに“会いに来てくれて”嬉しかった。私には、そんな勇気なくて……」
 切なさが加速する。
 その碧の決意と行動が、睦美と出会わせてしまったなんて――皮肉だ。
 だけど、碧はあの日、間違いなく私に会いに来た。
 その事実だけは私のものだ。
 
「むーちゃんだって、俺らから連絡が途絶えたと思ってたんだよね、傷ついたろうしムカついたよね」
「うーん」
 低すぎる自己肯定感の中では『怒』より『哀』の感情が強かった。自分は見捨てられて当然だとあきらめて、初恋と友情は胸の奥に静かに眠らせていたから。
 碧が私を窺っていた。
 目が合うと、碧は早口で言った。
「これからは今までの分一緒にいたい」
「!」
「いいかな?」 
 ……もちろん、友達として、だよね?
 睦美とのことを知らなければ、私の返事を緊張気味に待っている碧の様子に勘違いしてしまうところだった。

「――むーちゃん! お家にお邪魔してもいいって人がいた!」
 息を切らして駆けてきた麗に、私たちは弾かれたように顔を向けた。
「その人の娘さんがむーちゃんのお母さんと同じ学校だったんだって! だからいろいろ知ってるみたい」
「聞いてきてくれたの? ありがとう……」
「行こう」
 私の肩に碧の手が乗った。
「う、うん」
 何気なく置いたであろう碧の手の熱に、また胸が騒ぎ出す。
 本当ならときめきだけを連れてくるはずのスキンシップ――そばにいれば、これから先も同じことがあるだろう。そのたびに私は……
 だけど、と思い直す。
 苦しくても、碧のそばにいたい、と。