悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


鳥居を目指し石畳を進んでいた時。
鼻歌を歌ったり、「空がきれいだね」なんて天山神に話していた結はふと辺りを見渡した。

「……なんか、静かすぎますね。」
先程まで吹いていた風はいつの間にか止んでいて、聞こえるのは結と天山神の足音だけ。
異界は元々静かな場所で、音なんて自分達が鳴らす物だけだった。でも、今は違う。
妙に静かだった。
まるで何かが息を潜めているような、そんな感じ。
「迷鬼も居ないし――」
「いる。」
黙っていた天山神が結の言葉を遮った。
「え?」
ピタと止まった。
「迷鬼なら居る。」
結は思わず縮こまり、天山神にスススと近寄ると再度辺りを見回したが、何も見えない。
「ど、どこですか?!」
「見えていないだけだ。」
「なにそれ、怖いんですけど。」
結は不安そうに眉を下げるが、天山神は答えなかった。
その代わり僅かに眉を寄せる。
気配があるのは、迷鬼のものだ。それは間違いない。
だが、それだけではないもう一つの視線。じっとこちらを見つめる気配がある。迷鬼のような曖昧なものではなく、もっと濃くてもっと強い、まるで長い時間を生きた妖のような――。
「……。」
天山神が、足を止めた事で結もつられて立ち止まる。
「ど、どうしたんですか?」
「……いや。」
たしかに視線はある。
木々の向こうだったり、鳥居の先か、あるいはもっと遠く。居場所は掴めない。いや、掴ませないのか。だが向けられていることだけは分かる。
奇妙なのは、その視線に敵意が無い事だった。

殺気も、害意もない。ただ、見ているだけ。只管に。
まるで何かを確かめるように。
そして何故かその視線は結へ向けられている気がした。
「天山神?」
結の声で意識が戻って再び気配を探るが、既に先程の気配はなりを潜めて何も無くなった。
「気のせいだ。」
「絶対違いますよね?」
流石に何かがあった事くらい結には分かる。
「今の間は何なんですか。」
それに対して、天山神は答えなかった。

天山神は答えなかった。結もそれ以上は追及しない。
だいぶ慣れてきた。

そして、気のせいではないのだろう。それだけは分かった。
けれど、今はそれよりも気になるものがあった。

「あ!」
思わず声が漏れる。今歩いている一本道の先。囲うような木々とその近くに、ずっと遠目で見ていたそれの全貌が現れた。
鳥居は想像よりも遥かに大きかった。思っていたよりもずっと。10階建ての建物位の大きさが、人が作ったものとは思えない存在感があった。それでも、長い年月を経ているのだろう。柱には無数の傷が刻まれていて、朱色だったはずの塗装も剥がれ、所々で木肌が覗いていた。
「やっぱり……」
結は足を止め、少し首を傾ける。
「この鳥居、傾いてる。」
遠目で、ここまでは分からなかったが、近付けば近付くほど分かる。鳥居は僅かに傾いていた。今にも倒れそうとかではない。けれども真っ直ぐでもない。まるで長い時間を支え続けて疲れてしまったみたいな。

結は無意識に見上げると、鳥居の向こう側は薄く霞んでいた。あちら側の景色が歪んで見えるそこは、別の世界がその先にあるようだった。
「ここを通るんですよね?」
「ああ。」
天山神は短く答えた。表情は変わらないが、結は何となく思った。この鳥居は……

ただの鳥居ではないのだと。