悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


現世……
「人」が生きる世界。
朝日が昇り、夜が訪れ、人々が営みを紡ぐ場所。

幽世……
妖や神々が住まう世界。
人の目には映らず、人の理から外れた者達の住処。

そして異界。
現世にも幽世にも属さない外の世界。
迷った者、忘れられた者、何処にも居場所を持たぬ者、そうした存在が流れ着く場所であり、幾千幾万と存在する故に「自分が本当に望んだ」異界に辿り着いた者は少ない。

そして、帰れた者はさらに少ない。



結は天山神の「諦めろ」に目を数回瞬かせた。
「元の世界に帰れる保証は無い。」
「帰れ、ないの?」
先程とは違った感情が流れてきて胸に広がって行く。
「異界とは、そういう場所だ。」
天山神はそれだけ言う。全くもって優しくはない。結は下を向いてしばらく黙り込んでしまった。

ー……帰れないかもしれない。

家に、父と母のいる場所に、昨日までの日常に、友人達の元へ。
様々な思い出がまるで走馬灯のように巡っていき、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……そっか。」
ぽつりと呟く。
怖くない訳じゃないし、不安じゃない訳でもない。けれど、今ここで立ち止まった所で何も変わらないと結は大きく息を吐いて、それから顔を上げる。
その表情に天山神が僅かに目を見開いた。
「じゃあ、とりあえず頑張ろうかな。」
「……。」
困った時も、失敗した時も、上手くいかない時も、とりあえず前を向く。
それが澄嶼結という少女だった。
逆に天山神は不思議だった。何故、笑うのかと。そして、その表情は天山神にとってひどく「懐かしい」と思えた。遠い昔の、もう二度と見る事は無いと思っていた何かを思い出しそうになって、天山神は小さく眉を寄せる。
「帰れるかもしれないんですよね?」
それに対して何も返さないのを分かっていたように「なら十分です。」と続ける結はにっと笑った。
やはり、天山神は何も言わない。

ただ、ほんの少しだけ目を細めただけ。



改めて石畳の道に戻り、二人は鳥居を目指して歩き始めた。結自身「何故鳥居の方へ?」と聞かれても「何となく」としか答えられないだろう。「何となくこっちに行った方がいい気がする」と思っただけなのだから。
だが、その道中はとても静かだった。一人しりとりをしていた時以上に不気味なくらいに。
だからだろうか、気を紛らわせる為に結は何となく口を開いた。
「天山神さん。」
「さん付けするな。」
「……じゃあ、天山神。」
「何だ。」

「昨日やってたテレビのドラマ見ました?」
当たり障りのない会話をしようと思ったのだが、天山神が黙ってしまった。結は「え?」と横を歩く天山神を見上げる。嫌な予感。
「……知らないんですか?」
「知らん。」
「えぇ。」
思わず声が漏れる。ドラマを見ていないならいい。好みだってあるし、見た目的に社会人っぽいし、それに仕事中だったかもだし。でも、そっちではない気がする。
「じゃあスマホは?」
「すまほ?何だそれは。」
「うっそでしょ!スマホ知らないんですか!?」
「……知らん。」
結は頭を抱えた。
現代人でテレビは無くてもスマホを知らないって物凄く田舎の人?そんな訳ない。田舎の人だってスマホ持ってる!いやいや、ここは異界。異界にスマホが無い方が普通なのかもしれない!!……いや、知らんけど!
「え、えっと……冷蔵庫。」
「知らん。」
「車は。」
「知らん。」
「……コンビニ。」
「知らん。」
「信号。」
「知らん。」
どんどん天山神の「知らん」が強くなってきた気がするが、それどこらでは無い。
「もうっ!何なら知ってるんですか!?」

結の嘆きに若干引きながら天山神は少し考えた。
本当に少しだけ。
「……大きな鳥。」
「と、鳥?」
「ああ。あとは」
再び考えてから、真っ直ぐ前を見た。
「大きな木だ。」
結は首を傾げた。
ここら辺に木は無い。森を抜けて暫く植物は無い。
ある物と言えば、中途半端なもの達と目の前の大きな鳥居。紫色と藍色の変わらない空しかない。
「……大きな木。」
「それから、月。」
「月?」
「ああ……私の最もそばにあった。」
「……好きなんですか?」
そっと結は空を見上げるが、月は無い。そもそも時間が分からない。昼なのか?夜なのか?
「好きも嫌いもない。ただ、当たり前だっただけだ。」
結はそこで、空に浮かぶ月って言うよりも、天山神にとって大切な物なのでは?と思った。詳しくは分からないけど、天山神にとって1番の。
「……私も」
「……?」
「月、では無いですけど、空を見るのが好きでした。」
空を指さし口元を少し緩める。
「それこそ、小さな頃からずっと。」
結は立ち止まり腕を下ろし空を見上げる。天山神も止まって振り返り、空では無く結を見る。
「両親から何度も言われたんです。」

『結は空を見るのが本当に好きなんだなぁ』
『そんなに面白いの?結ちゃん』

父と母の笑い声が聞こえた気がしてハッとすると、天山神迄の数歩を縮め、続きを話した。
「多分、空を見ている時間の方が長いかもしれませんね。」
今度は先に歩みを進めた結はスウェットの裾をギュッと握り真っ直ぐ前をみた。