悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


「行くぞ。」
楽羅が先に迷うこと無く鳥居を潜ったその瞬間、その身体がゆらりと歪み、水面へ石を落とした時のように空間が波打つと姿が消えていた。鳥居の向こうは景色が変わらないまま楽羅の姿だけが消えている。
「え。」
結は固まってしまったが、「さぁ、行きましょう。」と手を差し伸べた篠目が笑った。その手をそっと握った時、温度を感じさせないような冷たい手に体が震える。篠目はその手を引きながら流れる様に一歩、足を踏み出した。世界が揺れ、空気が変わり、音が消える。
身体が沈むような感覚に落ちるような感覚。そして、瞬きの瞬間に、結は別の世界へ立っていた。

鳥居を越え、上下左右が分からなくなるような感覚が終わり、目を開けた時結は思わず足を止めると、そっと離れた手に自分の手もダランと落とした。
目の前に広がる景色を見て、言葉を失ったのだ。

ーここが、幽世。

もっと恐ろしい場所を想像していたのだ。暗くて静かでおぞましくて誰もいないような場所を。けれども違った。
笑い声が、話し声が、どこかで楽器を鳴らす音が、提灯の灯りが夜を照らして無数の朱色の店が軒を連ねる。行き交う人々が多い賑わう通りは、まるで終わらない夏祭りのような、そんな光景だった。
違うのはその姿だけだった。耳が長い者、角を持つ者。
影のような者。獣に近い者。人に見えて人ではない。そんな者達ばかりだった。
「わぁ……。」
思わず声が漏れると、篠目が振り返った。
「気に入りました?」
「なんか、お祭りみたいですね。」
篠目は小さく笑うと、結から視線を外して少し目を細めた。
「そうですねぇ、割とここは年中こんな感じですよ。」
「え、年中?」
「ええ。」
さらりと言われた意味は分からなかったけれど、焼ける匂いが漂ってきた。次には甘い匂い等と様々な香りが夜風に混ざって流れてくる。
「……。」
屋台だ。思わず1軒のお店を見てみると、そこに売っていたのは串焼きらしい…………たぶん。見た目は、串焼きなのだが、それは真っ黒だった。炭ではない筈。だって、時々ぷるぷる動いている。
その屋台の隣を見ると、そこにある物は全て紫色だったと思ったら何故か発光しだした。形は形容し難い。柔らかいのか硬いのかも分からない。
「結さん、何か食べます?」
篠目が言って来たのを首を振って「いや……。」結は躊躇うその横で、スタスタと歩き始めた楽羅が無言で屋台へ向かったと思ったら、何かを買って戻って来ると、それを結へ差し出す。
「食え。」
「えぇ……。」
恐る恐る受け取った物の見た目だけは、完全に信用出来なかった。せんべいのような物にお肉?みたいな物と野菜?みたいな物が挟まった物。色は……黒白だ。
固唾を飲んで、覚悟を決めて一口食べた。
もぐもぐと口を動かし「……!?!」止まる。もう一口、さらにもう一口。
「お、美味しい。」
驚くほどに美味しかった。結は思わず目を丸くすると、篠目が吹き出した。
「でしょう?」
「見た目と違い過ぎません?」
「幽世ですからねぇ。」
全然説明になっていないのに対して、結は少し頬を膨らませたその時だった。ふと違和感を覚える。
「……?」
賑やかなのに、誰も近付いて来ない。客寄せしている店主達も通り過ぎる者達も皆ちらりと見るだけですぐ視線を逸らしていく。まるで最初から存在しないものを見るように。
「変ですね。」
「何がです?」
「誰も話しかけてきません。」
「そうですねぇ。」
のんびりと答える篠目が周囲を見て笑う。
「そういうものですよ。」
相変わらず答えになっていないし、楽羅は何も言わない。結は首を傾げるばかりだった。