悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


境界とは曖昧なものだ。
人と神、生と死、夢と現実。そのどちらにも属さない場所がある。世界と世界の継ぎ目の様な僅かな歪み。
誰にも気付かれず、誰にも知られず。静かに存在する裂け目を、人は「境界(きょうかい)」と呼ぶ。


洞窟の奥は暗かった。
光は届かないし、湿った空気が肌にまとわりつく中で足音だけが響いていた。
結は自然と楽羅の近くを歩きながら楽羅の着物の裾をずっと掴んでいた。怖かったからだ。
「……。」
篠目は前を歩いている。迷う様子も無い。まるで何度も通った道のようにするすると進んでいく。

やがて、洞窟の最奥へ辿り着いたが、そこは行き止まりだった。岩壁しか無い場所に結は首を傾げる。
「ここ、ですよね?」
「ええ。」
篠目は笑う。そして、岩壁へ手を伸ばし触れたその瞬間、壁が水面のように揺れた。
「……え。」
結が目を見開く。そこは岩ではない。勿論、壁ではない。そこにあるのは、世界そのものの歪みだった。

ゆらり、ゆらり。静かに波打つ。
まるで鏡の奥に別の景色があるように。
「さ、行きますよ。」
篠目は当然のように足を踏み出し、そのまま壁の中へ消えた。
「えっ!?」
結が固まる。
「な、何で!?」
「入口だからな。」
楽羅も当たり前のように答えたそれは、全然説明になっていない。
「い、いや、入口って……!」
「行くぞ。」
楽羅は結の手首を軽く掴む。
「待ってください!」
「大丈夫だ。」
「な、何が!?」
「死なないからな。」
結は全く安心出来なかった。

一歩、踏み込む。その瞬間に世界が裏返った。
風が消える。音が消える。光が消える。重力さえ曖昧になる。
「っ……!」
結は思わず目を閉じた。気持ち悪い。
身体が浮いているような、落ちているような感覚。
何もかもが分からなくなった、次の瞬間には足が地面を踏んだ。

目を開と、そこは山ではなかった。
「……。」
結は言葉を失う。空が紫色だった。いいや、赤紫か?見方によっては夕暮れにも夜にも見える空は、見たことの無い色の星々が浮かんでいる。浮かんでいても瞬いてはいない。黒い木々と銀色の川。遠くには名前も知らない光る花畑が広がっている。風は吹いているのに、草木は揺れない。空気そのものが違った。いいや、世界が違う。そう思った。
「ここが……」
結の言葉に付け足すように篠目が振り返り、長い髪が風に揺れる。
「ようこそ。ここが、異界ですよ。」
結は何も言えない。ただ立ち尽くすだけ。ここは、恐ろしいほど美しい。美しいのに、何故だろう。
胸の奥が痛かった。懐かしいような。泣きたいような。そんな感覚。何故かチラつく誰かの横顔……
「……。」
結は知らない。この景色を。この空を。この匂いを、忘れているだけだということを。そして、ここはまだ途中に過ぎないことを。

彼らの目的地はさらに先。異界の先、幽世の向こう。
目指すは、狭間の世界。境界のさらに奥深くにある場所だった。