異界へ入ってしばらく、結は周囲を見回していた。
紫色の空、銀色の川、不思議な景色ばかりだ。けれど、思っていたより怖くない。むしろ静かだった。
「……あれ。」
ぽつりと呟いた声が聞こえたのか、篠目が振り返った。
「どうしました?」
「何だか。」
結は言葉を探す。
「もっと怖い場所だと思ってました。」
篠目が目を細める。
「怖い?」
「はい。」
結は静かに頷く。
「何かがいるような気がして。」
言いながら首を傾げる。自分でも意味が分からない。
何がいるのか、何を恐れていたのか。それすらも分からない。ただ、ここへ来る前からずっと胸の奥にあった恐怖だった。
「あぁ。」
篠目がどこか納得したように笑う。
「アレらのことですか。」
「アレら?」
結は首を傾げ、篠目は楽しそうに肩を竦める。
「気にしなくていいですよ。」
さらりと言う篠目は「ここに僕達がいる以上。」と続けると、少しだけ笑みを深くした。
「アレらは近寄れませんから。」
結はますます分からなくなる。
「どういう意味ですか?」
聞き返す。
篠目は答えない。
代わりに。
隣を歩く楽羅を見る。
「ほら。」
にこりと笑った。
「楽羅がいるでしょう?」
楽羅は無言だった。
前を向いて歩いている。
「……?」
全然分からない。
結は楽羅を見る。
楽羅も結を見る。
数秒。
「どういう意味ですか?」
「知らん。」
即答だった。
結が固まる。
篠目が吹き出した。
「楽羅。」
「何だ。」
「説明くらいしてください。」
「お前が始めた。」
正論だった。
篠目は肩を震わせて笑う。
結はますます置いて行かれる。
結局。
何一つ分からなかった。
ただ。
篠目だけは知っている。
異界の者達が何故近寄らないのか。
何故姿を隠すのか。
何故気配すら消しているのか。
それは恐れているからではない。
従っているからだ。
その事実を。
今の結が知る必要は無かった。

