悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


街を離れてしばらく経った頃。
道は緩やかな山道へ変わっている。結はゆっくりと楽羅の隣を歩いていた。

先程何故か「貸せ」と荷物を取られた。

「自分で持てますよ?」
「駄目だ。」
「何でですか。」
「転ぶからだ。」
「転びません。」
言い終わった直後、石に躓き「きゃっ。」と転びかけた結を楽羅が無言で軽々と抱えた。そのお陰で転ばずにいたが、結も楽羅も固まった数秒。
「……ほらな。」
「……。」
何も言い返せない。前を歩く篠目の笑い声が聞こえる。
「仲良しですねぇ。」
「違います。」
「違う。」
「そこだけ息ぴったりなの何なんですか。」
何故か篠目は楽しそうで、結は少しだけ頬を膨らませるそんなやり取りが続く道中は、穏やかな時間だった。
だから、その問い掛けは唐突だった。
「そうだ。」
篠目が前を向いたまま「結さん。」と呼ぶ。
「はい。」
「一つ聞いてもいいですか。」
結は頷き篠目は少しだけ空を見上げ、そして。
「異界って知ってるかい?」
その瞬間だった。
「…………っ!!?」
結の足が凍り付いたように止まる。
呼吸がどんどん浅くなり、心臓が大きく鳴った。
どくん、どくん、どくん、どくん。
嫌な音だった。冷たいものが背筋を走ると同時に体が冷えていく感覚に震える。
知らない言葉だった。聞いたことも無いし、意味も分からない。それなのに……怖かった。どうしようもなく怖かった。
「結。」
楽羅が呼び、肩に触れた事で結は我に返った。気付けば拳を強く握っている。
「……。」
息が苦しい。何だろう。今、何かが頭を過った。
青か紫の空、中途半端な何か、そして、大きなーー
けれど、それらを掴む前に消えてしまう。
「し、知らない……」
結は小さく首を振った。
「知らないです。」
本当に知らない。そのはずだった。なのに、声が少し震えていた。篠目は黙って結をチラリと見てその反応を、その表情を、まるで確かめるように。「そうですか。」と静かな返事だった。それ以上は追及しない。けれど視線を戻した篠目の目だけが僅かに細くなる。

隣では楽羅が眉を寄せていた。結の顔色が悪い。いいや、悪すぎる。それが気になった。
「休むか?」
楽羅が聞くと「え?」と反応をする。
「顔色が悪い。」
「大丈夫です。」
「駄目だ。」
即答。結は困ったように笑うが、楽羅は真顔だった。
篠目はその様子を見ながら小さく息を吐く。

ー……やはり、反応した。

知らないはずの言葉に、記憶は失われていても魂は覚えているらしい。篠目は空を見上げ、そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

「間に合うといいんですがねぇ。」

その言葉の意味をまだ誰も知らなかった。