悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


全てが中途半端な場所から抜けてしばらく歩いていた結は、恐る恐る歩いていた真っ直ぐに続くだけの道が思ったよりも何も無さすぎて、正直飽きていた。

先程見えた鳥居はよく見ると少し傾いていた。
近くから見ていないから分からないが、相当大きそうだ。歩いているのに近寄っている気配がない。
代わり映えのない景色。だから余計に、一人でしりとりをしてケタケタ笑うくらいには暇をしていた。

「第4回〜!一人しりとりを開始します!!」
元気な大きな声。目は血走り足元は若干ふらついて握っていた刀は上下スウェットのトレーナーのお腹の前にある突き抜け形のポケットにしまわれていた。若干はみ出てるし、重いしで気になるが、それよりも手が疲れたのだ。
「りんご!」
パンパンと手を叩きリズム良く声を出す。
「ごりら!」
既に同じ言葉を続けて言っている。
ついでに1回目は「ごま」で2回目は「ごすんくぎ」だ。
「らっぱ」
手を叩くのに疲れ、声のトーンを落とした。空腹などは感じないが、せめて何か飲めたらいいなと思う。
だって、歩き始めてというか落下したあの時より何も口にしていないのだ。それに、こんだけ声を出していれば喉が渇く。
「ぱんだ」
歩みがだんだん遅くなる。しりとりをしていても周囲を見渡す事は忘れない。
「だるま!!」
ここまでに人の気配は無い。何ならこの道以外の道はなく、どうしても石畳の道から逸れようとは思えなかった。
「ま……」
少し休憩だと足を止め顎に手を当てて考える。
「ま……まぁ?……ま……あっ!まかろ…………んんんん!?!」
閃いた!と言った言葉が最後に「ん」が着いていた事で変な声を出した訳ではない。変な虫を踏んだ訳でもなければ、怖い音が聞こえた訳ではない。
少し遠目に見えるのは、影からして
「人だ……ひとがいる!!」
迷子から抜け出せたような、解けなかった問題が解けたような、痒い所に手が届いたようなそんなパァと明るくなった表情。すぐに駆け出して石畳の道を逸れて芝生の上を走った。
はぁ、はぁと息を出しながら「すみませーん!」と手を振って近寄る。あれ、こんなに遠かったかな?

走って居て気がついたが、もう1本隣に道がある。それは同じように鳥居に続いていたが、さっき迄は無かった気がする。
更に足を早めてその人影に近寄った事で速度を落とす。
「……っはぁ、はぁ、す、すみません!ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」
息を整えながら近寄って気がついた。
その人影……いいや、「人」がピクリとも動かない事に。結は少し不審がりながら刀に手を伸ばしていた。
緊張で指先が震える。
「あの……すみません」
距離的にいえば2mか3m位。もし、此方を油断させて襲う為に動かないのなら逃げ場はない。かなり危険だ。だが……
「……大丈夫、ですか?」
恐る恐る近寄りながら鳥居の方に体を向けて座っているその人に手を伸ばそうとした。

「触れるな」
「……っ!」
伸ばしていた手首を思いっきり後ろから握られたのと、低い声が思ったよりも近くから聞こえたのはほぼ同時だった。反射的に振り返り目にしたのは、見たこともないような男だ。言ってしまえば非現実的な美しさを持った男。アニメやゲームの世界に出てくるメインキャラクターと言われても違和感を感じさせない程、整っていた。
だが、その整っている表情は酷く険しい。風に揺れて最初に目に入ったのは黒髪だった。夜のように黒い髪は短く切り揃えられ、前髪は少し長い。
次に目を引いたのは瞳だ。
同じく黒いはずなのに、不思議と暗くは見えない。どちらかと言えば琥珀色の鋭い目。それは、まるで獣みたいな目だった。
結は、思わず一歩後ずさるが、怖いだけではない。その目の奥には妙な静けさがあった。
身長も高い。結より頭一つどころではない。
180cmはあるだろうか。肩幅も広く、身体つきもしっかりしている。これは、格闘技とかをやっている人の体つきだ。でも、着ているのは見慣れない和服。藍色を基調とした簡素な羽織。祭りの法被にも少し似ているが、着られている感は無い。歳は二十代半ば後半だろうか。若い筈なのに、何処か老人様な、それでいて人ではないものを感じさせた。

「だ、誰……」
漸く絞り出せた声。手首は未だに離されず一定の力が込められていて離すことも出来ない。
「それは、こちらの台詞だ。」
「え?」
「何故、消滅しかけている迷鬼に自ら触れようとしている。」
男の言っていることが分からない。消滅?迷鬼?
「なに、言ってるの」
聞き慣れないその言葉に眉を下げ不安そうな顔を浮かべたのを見た男が深いため息をつく。パッと手を離し、体の向きを変え、心底面倒そうに口を開いた。
「何も知らないのか」
「……し、知らないよ!」
思わず語尾が強くなってしまった。
「……そうか」
手首を擦る。ズキズキと痛むが折れた訳ではない。すると、目の前の男が「見てみろ」と言うので、視線を動かすと、先程迄鳥居の方を向いて座っていた人影の輪郭が薄れているのに気が付いた。
「なに、あれ。」
「あれが、消滅だ。」
タイミング良くも風が吹いたその瞬間。
人影の肩が砂のように崩れた。
「……っ!?」
違う。砂ではない。光だ。
淡い粒子となって空へ溶けていく。
「ちょ、ちょっと!」
結は思わず声を上げるが、隣に立っていた男は無感情にそれを見つめるだけ。そして、その人影さえも何も答えない。結達がいる後ろからでは顔も見えない上に男なのか女なのかさえ分からない。
ただ静かに、本当に静かに、音もなくその姿だけが薄れていく。まるで最初からそこに居なかったかのように、足が、腕が、胴体が、肩が……全ての輪郭が崩れていく。それでも最後まで、その人影は鳥居の向こうを見つめていた。何かを待つように、誰かを探すように。

そして……最後の光が風に攫われた時。
そこにはもう何も残っていなかった。

「あれが、迷鬼の消滅だ。」
「……!」
サァと髪を揺らした風がやたらと冷たく感じた。