街の灯りが少しずつ増えていく。帰らなければと思うのに、身体が動かなかった。
考えたくないことばかり浮かんで。夢のこと、忘れていく記憶、胸の奥の違和感。
「……結ーー?」
天山神の声が聞こえるが、返事をする気になれなかったその時「こんなところにいたのか。」聞き慣れた声に気が付き視線を向けた。足音だけで分かる。龍之介だ。
彼は結の隣へ腰を下ろしたが、しばらく沈黙が続いて、風の音だけが聞こえるが、やがて「話せ。」とぽつりと龍之介が言った事に結は目を瞬く。
「……?」
「何かあるんだろ。」
相変わらずぶっきらぼう。言葉も態度も優しくない。慰める気配もないのに、ただ。当たり前のように言う。
「話せ。口にしたら少しは楽になれるんじゃないのか?」
結は思わず笑ってしまった。
「……最近ね。」
自然と言葉が零れた。これは、誰にも言うつもりは無かった。月子にも、彩乃にも、大吾にも……
けれど、龍之介相手だと不思議と話せる気がした。
「夢を見るの。」
龍之介は黙って聞いている。
「本当の家の夢、通っていた学校の夢と友達の夢。」
冷たい風が吹く街を見た。もう、とっくに、帰らねばならない時間。
「全部……私のはずなのに。」
唇を噛む。苦しかった。
「少しずつ思い出せなくなってる。」
声が震える。
「帰りたいのに、忘れたくないのに、何で忘れていくのか分からない。」
どれも大切なはずなのに、目覚める度に少しずつ遠ざかっていく。思い出そうとすればするほど霞んでいく。
「私、自分のこと分からなくなってきちゃった。」
ぽつりと零れた言葉は風に消える。隣では龍之介が黙って座っている。彼は、何も言わない。結を急かさない。ただ話を聞いていた。話し終わっても龍之介はすぐには口を開かなかった。しばらく考えるように黙り込むと
「俺はそういうのは分からない。」
龍之介の静かな声。
「夢とか、記憶とか、自分が誰かとか。」
結はゆっくりと顔を上げ、隣を見る。天山神が木に寄りかかりこちらを見ているのも見えた。
龍之介は困ったように頭を掻くと、眉を下げる。
「話せって言っておきながら、俺は聞くことしか出来ない。」
それは不器用な本音。慰める言葉を知らず励ます方法も分からない。だから、龍之介はただ話を聞くだけ。
「……でも。」
龍之介は夕暮れの街を見た。
「今の俺が言えるのは、お前はお前だろ?」
結は黙る。その言葉は胸に落ちなかった。違う……そうじゃない。問題はそこじゃない。自分でも、何がおかしいのか分からないのだから。
「違うのか?」
龍之介の問いに結は答えられなかった。ただ俯く。そんな結を見て龍之介はそれ以上聞かなかった。

