悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


やがて、会話もない中で辿り着いたのは小さな神社だった。古い朱色の鳥居、静かな境内に人の姿は無い。
龍之介は迷いなく裏手へ向かうので、結もそこに続き
そしてーー
「……わぁ。」
結は息を呑んだ。そこは街が一望出来る場所だった。
夕陽に染まる屋根、立ち昇る夕餉の煙。行き交う人々に、あ!万事屋も見える。この街全部が見渡せる場所に風が吹く。ここは静かだった。驚くほどに。
「ここなら静かだ。」
龍之介が言うと、近くにあったちょうどいい形の岩に腰をかけた。
「万事屋からも近いから俺は休みたい時ここに来る。」
ぽつりとそれだけを告げるが、結はその意図が分からなかった。
「……え?」
龍之介は結を見ずに、街を眺めたまま続ける。
「この間。」
一瞬だけ言葉を探すような声音。
「少し疲れてるように見えた……万事屋は人が多いからな。」
それは事実だった。賑やかで、温かくて。
でも、決して一人にはなれない。
「だから、休みたい時はここに来るといい。」
「……ありがとう」
風がふわりと吹いて結の頬を撫でた。
結はしばらく何も言えなかった。
2人並んで座り、夕暮れの街を見つめる。

大吾から例の短刀を返されたのは、それから間もなくのことだった。
「そういえば……結、こっちに来い」
仕事終わりの夕方に廊下を歩いていると、大吾に呼び出された。
大吾の部屋に入ると、沢山の書類の山や工具の数々に相変わらず散らかっていると思う。そして、大吾は結を座らせると、棚の奥から何かを取り出した。
「これ、お前さんのだろ。」
差し出されたのは見覚えのある短刀だった。

「……あ。」
結は目を瞬く。しばらく見つめて。「忘れてた。」と苦笑い。
「忘れてたのかよ。」
大吾が呆れたように笑うと、結もつられて笑った。
「手入れをしておけよ?やり方が分からなかったらいつでも聞きに来い。」
「はい、ありがとうございます」
 異界では命綱だったはずなのに、この世界ーー現世へ来てからは、それを思い出すことさえ少なくなっていた。それほどまでに万事屋での暮らしは慌ただしかったし、穏やかだったのだ。
夕餉を終えた後、お風呂を済ませ結は自分に与えられた部屋へ戻ると卓の上に置いていた短刀が目に入った。
「そういえば、本当に忘れてたな。」
鞘を指先でなぞってその無機質な冷たさに異界を思い出す。実の父親から受け取ってから異界へ。異界では手放せなかったのに、現世へ来てからは思い出すことさえ少なくなっていた。
「ごめんね。」
何となく謝るが、もちろん返事はない。当たり前だ。刀なのだから…。
結は苦笑いすると、短刀を持ち上げて鞘からゆっくりと刀身を抜く。
すらり。
銀色の刃が姿を現した。自分の表情が写って、隠す様に鞘におさめたその瞬間。
「……誰に謝っている。」
「うわっ!?」
目の前に天山神が座っていた。結は飛び上がり、跳ねる心臓に手を当てた。
「び、びっくりした!」
「……なぜ驚く必要がある。」
「急に目の前にいたら誰だって驚くよ!」
天山神は相変わらずだった。
整った顔立ちは無表情を際立たせまるで人形みたいな男だと思うが、異界で見た時より少しだけ現実味がある。
「忘れていたのか。」
「……ごめん。」
「そうか。」
「……。怒らないの?」
結が聞くと、天山神は少し考える。
「何故怒る。」
「だってーーーー」
「お前は生きていた。」
結の言葉を遮る天山神は、表情を変えることなく当たり前のように言う。
「なら問題ない。」
結は「へへ」と笑う。何でもないことのように言うその言葉は少しだけ嬉しかった。
「そっか。」
天山神は首を傾げたが、結のその顔をみて少しだけ表情を和らげた。
それからだ。結の独り言が増えたのは。
もちろん結からすれば独り言ではなく、天山神と話しているだけだが、周囲から見れば違う。

「ーーーだからな。」
「うん。」
「その包丁の持ち方は危ない。」
「……えぇ?普通だよ。」
台所でそんなやり取りをしていると、突然周囲が静かになった事に気がついた。振り返れば、炊事場のお姉さん達が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「……結。」
「はい?」
「誰と話してるんだい?」
「誰って……。」
結は隣を見て天山神が、と言おうと思った。それが当たり前のように。
だが、皆の視線は結にしか向いていなかった。
「……。」
沈黙だ。結はゆっくりと天山神を見ると、天山神は無表情だった。
「……見えてない?」
「当たり前だ。他の人間に、俺は見えない。」
即答。もっと早く言ってよ!と、結は頭を抱えた。何とか言い訳を言いながら、その日以来結は周囲の目を気にするようになった。
独り言を言わないように。天山神と話す時は人気の無い場所で。少しずつ、少しずつ。

そんな日々が続いた。