悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜


まるで子供みたいな反応だったが、結はそれを快く受け入れた。そう言えば小さな頃から青色が好きだった気がする。似合うのなら嬉しい。

結は思わず笑い、彩乃が「それでね」と声を出したその時。店の入り口から「結」と、聞き覚えのある声がして振り返ると、夕陽を背に立っていたのは龍之介(りゅうのすけ)だった。いつものように飾り気のない着流し姿。少し伸びた黒髪が風に揺れている。特別目立つ訳ではないけれど、人混みの中にいても何故か見つけられる。そんな人だった。まぁ、相変わらず無愛想な顔をしているが。
「時間だ。帰るぞ。」
「あ、うん。」
結は頷くと立ち上がる。彩乃を見下ろしてから先程までの勢いは何処へ行ったのか急に大人しくなる。
目も合わせないし、何かを言っているが声も小さい。結は二人を交互に見た。
龍之介は気付いていないが、彩乃だけがおかしい。
「……。」
結は何となく察し、そっと彩乃へ近寄り顔を寄せ小さい声で「ねぇ。」と話す。
「な、何?」
彩乃の肩が跳ね、結は更に小声で聞く。
「龍之介さんが好きなの?」
一瞬。彩乃の動きが止まったと思ったら耳まで真っ赤になる。
「〜〜〜っ!」
声にならない。結は思わず目を丸くした。図星だったらしい。
パッと結を見上げた彩乃はしばらく口をぱくぱくさせた後、下を見ながら観念したように小さく頷いた。
「……うん。」
蚊の鳴くような声に結は思わず吹き出しそうになる。
いつも元気な彩乃がこんな顔をするとは思わなかった。
やっぱり彩乃は可愛い。そして、その可愛いの理由はーー
「帰るぞ。」
龍之介の声が飛んでくる。
「はい。」
結は返事をすると、そっと離れるが、彩乃が結の着物の裾を掴んだ。安心させるように笑う。
「また来るね。」
「っ!」
その含みがある様に言う結に彩乃は慌てて首を振った。
「へ、変なこと言わないでよ!」
「言ってないよ?」
「顔が言ってるよ!」
結は今度こそ笑いながら店を出る。背中の向こうで彩乃の抗議が聞こえたのが何だか可笑しくて。結はしばらくクスクスと笑いが止まらなかった。

茶屋を出た後。
結は龍之介の後ろを歩いていた。
少しだけ距離がある。二、三歩程の距離。別に嫌われている訳ではないのだが、何となく隣を歩くのも違う気がした。
「……。」
「……。」
会話もないから気まずい。彩乃なら何か話しただろうし、月子なら勝手に喋り始める。大吾なら屈託無く笑うが、龍之介は違った。黙々と歩く。それだけだ。結は小さく息を吐くと「結。」と龍之介が振り返らないまま呼んできた。
「え?」
「着いてこい。」
理由も説明しないまま、そのまま脇道へ入っていく。
初めて歩く。1人では決して道を逸れるなと言われている為、結は慌てて後を追った。

その途中で、向こうから走ってくる少年がいた。
真太(しんた)だった。
「あ!」
真太が結へ気付き、更に足を早めて「結!」と呼んだ。
「真太。」
年は十を少し過ぎたくらいだろうか。日に焼けた肌、短く切り揃えられた黒髪。
まだ子供らしさの残る顔立ちだが、目だけは妙に生意気だった。着物の裾は少し泥で汚れているから、きっと今日も何処かを走り回っていたのだろう。
身体はまだ小さいけれど、元気だけは誰にも負けない。そんな子供だった。
「ちゃんと勉強してる?」
寺子屋に通う真太に掛ける言葉はいつも同じ。
その瞬間、真太の顔が引き攣る。
「う。」
「してる?」
「うるせぇ!」
真太が真っ赤になって叫ぶ。
「俺だってしてる!」
「本当かなぁ。」
「してるって!」
結がケラケラと笑うと、真太は悔しそうな顔をし「覚えてろよー!」とそのまま逃げるように走り去っていく。
「……ふふ、子供だなぁ。」
思わず呟くと「お前もそんなに変わらんだろ。」と、龍之介の声が返ってきた。
「えぇー。」
納得出来ない。
だが龍之介はそれ以上何も言わなかった。