気が付けば、宴会の日から一週間が過ぎていた。
最初の数日は怪我との戦い。肩は痛むし、身体も思うように動かない。無理をしようとする度に月子に「寝てな!」と叱られた。それを真似て少女達も結を動かさないように監視する日々。それでも、先生の処置のお陰で少しずつ身体は回復していく。起き上がれるようになり、隣に誰かが居なくても歩けるようになり、やがて結は万事屋の仕事を手伝うようになった。
まず教えられたのは着物の着方だ。
着物を一人で着ること事態滅多に無いため、物を見て何するのかは分かるけど、やり方が分からなかった。
「そんなに難しく考えなくていいんだよ。」
月子は器用な手つきで帯を結んで行く。結は何度も見様見真似で挑戦したが、何度も失敗した。
それを少女達に笑われたのは一度や二度ではない。
次に覚えたのは簡単な手伝いだった。洗濯物を畳む、野菜を選り分ける、糸を巻くと言うのは難しい仕事ではないけれど、数が多い。
少女達と並んで作業する時間は思っていたより楽しかった。気付けば笑っていることも増えていて、元の場所にいる様な感覚に陥る日もあった。
そして……
「包丁はこう持つんだよ。」
台所では年上の女性達が様々なことを教えてくれた。野菜の切り方、出汁の取り方、味噌汁の作り方、火加減の見方。どれも結にとっては新鮮だ。竈門の使い方も初めて知った。特に台所を仕切るお姉さんは面倒見が良く、失敗しても怒らない代わりに
「もう一回。」
必ずやり直しをさせる人だった。お陰で結は早くに台所の仕事を覚えるのが早かった。飴と鞭が上手いのだ。
万事屋の朝は早い。
日が昇れば全員で朝食をとり、そして働く。
昼になれば集まれる人だけ集まって飯を食う。
夕方になればまた働く。忙しい毎日だった。それでも不思議と嫌ではなかった。
異界では聞こえなかった笑い声があるし、名前を呼んでくれる人がいる。
万事屋という名の帰る場所もある。だからだろうか。この街での暮らしに慣れていったのも想像よりも早かった。
月日が流れるのは本当にあっという間だ。大吾から初めて貰った給金を握り締めて、手作りの巾着に必要な分の給金を入れた結は茶屋へ向かった。
目的は一つ。彩乃(あやの)に会う事だ。
少し前に知り合い話していくうちに友人になった彩乃とは歳も近い事から色々な事を話していた。
今では慣れた手つきで外用の着物を来て月子に彩乃に会ってくることを伝える。今日は一日休み故にゆっくりとできるから楽しみだ。
万事屋を出て街を見渡しながら歩く。平屋が並び、綺麗とは言い難い道を歩くのも慣れたものだ。
少し経ち、「甘味処」の旗を見つけて足を早めた。
朱色の暖簾をくぐると、店内は昼の忙しい時間を過ぎたばかりらしく、客もまばらだった。中には顔馴染みの人もいる。
「結!」
帳場の奥から彩乃が顔を出してきた。ここの看板娘の彩乃は見た目的には「かわいい」部類に入るのだろうが、本人は「大人っぽいね」と言われる方が嬉しいらしい。大人っぽくても可愛いと言われるのは嫌なのだろうか?
彩乃は何かを両手で持ったまま駆け寄ってきた。
「ちょうど良かった!」
「え?」
「私の作った新作よ!」
席に案内してくれた他の店員さんも「あれ、美味しいからね」と微笑み離れていく。元気な彩乃が結の前へ皿を置くと、甘い香りがふわりと広がった。
丸い白玉の上には薄く蜜がかかっている。傍には小さく切った柿と桃。そして色鮮やかな木苺が添えられていた。見た目も可愛らしく、今回もとても美味しそうだ。
「さ、食べて!」
結は大きく頷き匙をとり「頂きます!」と伸ばした。
白玉は柔らかく、もちりとした食感。何処か白玉じたいにも甘みがある気がする。次に果物。甘味と蜜の優しい甘さが口の中へ広がって、自然と頬が緩む。
「んんん、美味しいよ、彩乃!今回は甘味と酸味の組み合わせでいくつ食べても飽きそうにないよ!」
「本当!?」
「うん!」
彩乃は嬉しそうに笑った。やっぱり、可愛い。
それに、その笑顔を見ると嘘はつけない。毎回新作を食べさせてくれるのは嬉しい。だから、思った事を全て言うようにする。「美味しい」以外の言葉もだ。
結局その後もしばらく話し込んだ。最近の街の噂や万事屋のこと、誰それが誰を好きらしいという恋愛話。
内容は取り留めもないけれど、楽しかった。
そして、彩乃がふと何かに気が付いたように「ねぇ。」と声を出す。暖かなお茶が身体を満たす。
「ん?」
「お揃いの髪飾り買わない?」
結は目を瞬いた。
「髪飾り?」
「そう!」
彩乃はずいっと身を乗り出す。
「この前ね、飾り屋でとっても綺麗な細工のを見つけたのよ!色違いで買わない?」
「色違い?」
「そう!私が桃色で」
彩乃は自分を指差し、次に結を指差した。
「結は青よ!」
「え、何で青色なの?」
「それは、結には青が似合うから!」
即答。結は思わず吹き出した。
「えぇ、理由になってないよ。」
「なるわよ!」
彩乃は大真面目だった。その様子が可笑しくて、結はしばらく笑い続けた。

