悠久の果てで、君と 〜還りし者の涙をぬぐう〜

結は涙が止まらなくてうつむく。
異界で感じた恐怖。帰れないかもしれない不安。全部がぐちゃぐちゃになって胸の奥から溢れてくる。こんなに泣いたのはいつぶりだろう?分からない。ただ、温かかった。大吾も月子も、この家も。どうしようもなく温かかったから余計に泣いてしまう。

その時だった。

 ――ドガシャアアアアン!!

「!?」
結が驚きすぎて涙が引っ込んだ。突如響いた凄まじい音。ゆっくりと視線を向けると障子が倒れていた。いいや、正確には障子へ張り付いていた人達ごと倒れていた。
「いてぇぇぇ!」
「だから押すなって言っただろ!」
「お前が押したんだろうが!」
「俺じゃねぇよ!」
折り重なる万事屋の奉公人達に結はぽかんと口を開けた。だが、月子は額へ手を当てる。
「あんたらねぇ……。」
大吾は黙ってその光景を眺め、そして。
ニッと笑い「今日は宴会だ!」と叫んだ一瞬の静寂。
次の瞬間。
「おおおおおおおお!!」
万事屋が揺れるほどの歓声が上がった。
「月子さん!」
「飯増やします!」
「酒は!?」
「馬鹿!子供達が居るだろ!」
「じゃあ、後で!」
わらわらと人が動き出し、我先にとどこかへ居なくなっていく。その顔は誰も彼もが嬉しそうだった。まるで、祝い事でも始まったかのように。
「な、何が……?」
結は目を白黒させると月子が肩を竦めた。
「うちでは、家族が増えたら宴会があるんだ。」
「え?」
「今日から結もうちの子。みんな、家族が増えて嬉しいのさ。」
それが当然だと言わんばかりの口調だった。結は言葉を失う。さっき見た人は全員知らない人。今日初めて会った人達だった。それなのに、誰も嫌な顔をしていない。結を歓迎している。本当に、心の底から。
「……。」
再び視界が滲んだ。そんな結の頭を月子はもう一度だけ優しく撫でた。

宴会はあっという間に始まった。いや、始まったというより。気付けば始まっていた。

結がいる部屋に幾つもの卓が運ばれていく。
料理が所狭しと並び、人が増え、笑い声も増える。
結は布団へ座ったまま、その光景を呆然と眺めていた。何か手伝う事は、と動こうとしたが「ほらほら、怪我人は動かない。」と月子が結の肩へ羽織を掛けて座らせる。
「夜は冷えるからね。」
「は、はい。」
返事をした直後、「結ちゃん!」声が飛んできた。
小さな女の子だ。年齢は7歳くらいだろうか。桃色の浴衣がよく似合っている。
その後ろからも二人パタパタと近寄ってくる。
「結ちゃんって言うの?」
「何歳?」
「髪きれいね!」
「怪我痛い?」
質問が一斉に飛んで来て「え、えっと……。」結は目を白黒させたのに気が付き「順番だよ。」と月子が苦笑する。
「結が困ってるじゃないか。」
すると少女達は「ごめんなさい」と揃って口を閉じたが、目だけは興味津々と輝いているのがとてもかわいい。
「……えっと、16歳です。」
結が答えると、3人の少女が再び賑やかになった。
「お姉ちゃんだ!」
「やっぱり!」
「私より背高いもん!」
わっと歓声が上がるから、結は思わず笑ってしまった。その様子を見ていた他の人達も初めて見る結の笑顔に「乾杯!」やら「結ちゃん可愛いね!」と声を出す。まさか、そんな反応をされるとは思っていなかった。

その時、ゆっくりと今度は小さな影が現れる。少女達よりも幼い5歳ほどの男の子は近くで立ち止まるとただじっと結を見ている。
「どうしたの?」
結が聞くと、男の子は後ろ手で隠していた何かを取り出した。それを見ると、木で作られた小さな鳥だった。
「……やる。」
男の子の声に女の子達が「うそ!」やら「初めてじゃないの!?」と声を出し結が戸惑う。
「え?」
「やる。」
結はぱちぱちと瞬きを繰り返し、その木彫りの鳥を受け取り、微笑んだ。
「……ありがとう。」
男の子は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にすると、満足そうに頷き、そのままどこかへと去っていくのを見送り、結は手の中の木彫りの鳥を見つめた。少し歪だ。けれど、一生懸命作ったことは分かる。じわりと心があたたかい。
「人気者だねぇ。」
食事をお椀にのせた月子が笑って近寄ってくる。結は困ったように笑い返した。少女達も「おなかすいた!」「また来るね!」と離れていく。

その時、ふと視線を感じ顔を上げると、部屋の隅の宴会の輪から少し離れた場所に一人の青年が座っていた。歳は自分より少し上だろうか?
騒ぐでもなく、何処かの話に混ざるでもなく。ただ静かに宴会を眺めている。
目が合ったが、青年は何も言わずにただ視線を逸らし、ヨロヨロ歩きながら歩く近くの子供へ料理を渡していた。

「あの子は龍之介ってんだよ。」
月子が結に教える。見ていた事に気がついたのか。
「よく働くいい子だ。」
「そうなんですね」
短い返事。結は何となくその背中を見つめていると、食べ終えて満足し戻ってきた少女達の質問攻めに巻き込まれた。
「結ちゃん!」
「ねぇねぇ!」
「それでね!」
賑やかな声に囲まれながら、結は少しだけ思う。

――懐かしいな。