千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

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 ライトアップの光が届かなくなると、道は急に暗くなった。

 雨は、いつのまにか本降りになっている。

 濡れた制服の裾を握りしめて走る。

 なにごともなければいい。

 ふたりに会って、財布を渡して。無事を確かめて、家に帰るだけ。

 町外れの森の小道を駆け上がると、道はぷつりと途切れていた。

 錆びた看板には、「立入禁止」の文字。

 森の奥には、増水した川を渡る古い木橋があった。
 雨に濡れた欄干は黒ずみ、足元の板は今にも抜けそうだ。

 橋の下を流れる水には、久遠桜の淡い桃色の光が溶け、雨粒にほどけるように揺れていた。

 ここだ。昔、おばあちゃんが「秘密の場所」と呼んだ、町でいちばん久遠桜が綺麗に見える場所。

 「もうちょっと、こっち寄って! 久遠桜が見切れちゃう!」

 声が、周囲に反響した。

 目を凝らすと、橋の真ん中で雛乃が京介を欄干に寄りかからせていた。京介は雨の中でスマホを構えている。

 「この橋、結構古そうだろ。あんまりはしゃぐなって」
 「いいから、撮って撮って!」

 声を上げようとした、その瞬間。ぎしっ、と古い木の欄干が軋んだ。

 「京介——!」

 雛乃が悲鳴を上げる。

 ばきっ、と音を立てて、欄干が折れた。

 京介の体が、隙間から外へ滑り落ちる。

 ばしゃん、と川に落ちる音。

 雛乃の悲鳴が響く。しかし助ける勇気はないらしく、両手で口を押さえて動けないでいる。

 考える前に、体が動いていた。わたしは橋の上へ駆け上がり、欄干を蹴って川に飛び込む。

 「朱里——!?」

 雛乃の声が聞こえたけれど、振り返らなかった。

 冷たい水が全身を呑みこむ。流れは思っていたよりずっと速い。
 水の中で目を開けると、京介の制服の白がすぐそこで揺れていた。

 必死に水を掻いて、その腕を掴む。京介はぐったりと意識を失っている。

 ありったけの力で、岸のほうへ押した。
 流れの淀みに乗って、京介の体が岸へ近づいていく。

 水を吐きながら、叫ぶ。

 「京介を——!」

 そこまで言うのが、精いっぱいだった。

 岸辺で、雛乃がはっとしたように動いた。岸の方へ動き、流れついた京介の腕を両手で引き上げている。

 ——よかった。

 そう思った瞬間、全身から力が抜けた。足をすくわれ、体が流れに呑まれる。

 息ができない。

 遠ざかっていく岸辺で、雛乃が泣きそうな顔をして、動かない京介のそばに膝をついている。

 ……ああ。

 ちゃんと京介は、助かったんだ。

 ほっとした途端、体力が尽きて、わたしの体はどんどん流されていく。伸ばした指先は、もう何にも届かない。

 わたしは、ここで、独りで死ぬのかな。

 ふと、夢のなかの女の子を思い出した。

 胸を刺されて、桜の根元に倒れた、知らない女の子。
 あの子も、最後に同じことを思ったのかな。

 ——独りで死ぬのは、嫌だ、って。

 視界が暗くなっていく。

 その時——。

 雨雲が裂けたように、水の中に月の光が差し込んだ。
 その柔らかな光に誘われるように、桜の花びらが川の中へ降りそそぐ。

 「……り。……かり」

 誰かが、私の名前を読んでいる。

 花びらと月光と。美しくゆらめく水の中で、紅い瞳の男がわたしの方へぐっと手を伸ばす。

 「朱里」

 わたしの体は、ふわりと抱き上げられた。

 「——迎えに来たよ」