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病院でおばあちゃんの顔を見て、帰り道。
夕暮れの石畳に、古ぼけた革の財布が落ちていた。金具のすみに、八雲神社の家紋が刻まれている。
……あ、これ。
京介のだ。
いつだったか、お祖父さん譲りの大事なものなんだと、自慢げに見せてくれた財布。
スマホで時刻を確認する。
——十八時四十五分。
そういえば京介は、今夜七時、駅前で雛乃と待ち合わせだと言っていた。
今頃財布がなくて、困っているかもしれない。わたしは財布を握りしめて、自転車にまたがった。
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町の中央へ、自転車を走らせる。駅前から続く桜並木が、夜はライトアップされている。
ただし、久遠桜のライトアップを間近で見ることはできない。
あの桜は棗神社の御神木で、夜間は社殿より奥への立ち入りが禁じられている。参拝客が見られるのは、駅前広場や参道からの遠景だけだ。
だから町の子どもたちは昔から、久遠桜がよく見える場所をこっそり探したがった。雛乃が言っていた「秘密の場所」も、そのひとつだった。
駅前の広場に着いたのは、ちょうど七時。
待ち合わせのロータリーを見渡しても、京介も雛乃もいない。
……もう、どこかへ向かったあとだろうか。
財布について京介にLINEを送ろうとした、その時。
ぽつり、と頬に冷たいものが落ちた。
雨。
桜の花びらが、強くなった風に舞い上がる。
雛乃の言っていた「秘密の場所」が、もし本当にあの橋なら——。
私は自転車を漕ぐ足に力を込めた。


