千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 夜明け前の久遠桜は、静まり返っていた。

 空にはまだ深い藍色が残っている。けれど東の端だけが、うっすらと白みはじめていた。
 風はほとんどなく、久遠桜の花びらだけが、時おり思い出したように枝先からこぼれていく。

 その根元に立っているのは、緋桜さんと柏、そしてわたしだけだった。

 暁乃さんは南の日輪の祠に、水継さんは西の八雲の祠に、宵白さんは北の月代の祠にいる。
 それぞれの場所で、結界の柱を立てるためだ。

 胸元に手を当てると、三枚の返し札がかすかに熱を返した。

 南の日輪。西の八雲。北の月代。
 赤、青、白銀の光が、肌の奥まで届くように静かに息づいている。

 「この後の動きを確認しておこう」

 紅い瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。

 「三柱がそれぞれの祠で柱を立てる。君はここで祝詞を捧げ、黒鉄を久遠桜の結界へ引き寄せる。喰ったはずの初音の魂が、なぜかここにある。そう勘づけば、黒鉄は必ず反応するだろう」

 緋桜さんの声は落ち着いていた。

 けれど、その奥にある硬さまでは隠せていない。

 「そのぶん、君自身が狙われる。少しでも危ないと思ったら、俺の後ろへ下がって」
 「……はい」

 返事はしたけれど、心の中では別の言葉を握りしめていた。

 何があっても、緋桜さんを守る。

 未来の緋桜さんを助けるために、ここまで来たのだから。

 緋桜さんが久遠桜を要として東の柱を立て、三柱がそれぞれの祠から南、西、北の柱を立てる。
 そこへ、わたしが祝詞を捧げることで黒鉄を引き寄せる。

 四方の力をひとつに結び、黒鉄を結界の中へ呼び込む。

 そのうえで、結界の力によって黒鉄を浄化する。

 それが、わたしたちの作戦だった。

 「始めよう」