千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜


 翌朝、わたしたちは西の八雲へ向かった。

 緋桜さんと暁乃さん、そしてわたしの三人で社を出ると、朝露に濡れた草が薄い光を受けてきらきらと光っていた。

 西へ進むにつれて、水の音が近くなる。
 やがて川沿いの岩場に、苔むした小さな祠が見えてきた。

 祠の前には、青年の姿をした水継さんが立っていた。

 短く切った黒髪に、広い肩。濃紺の衣の裾が、川風に揺れている。
 未来で会った水継さんよりも少し若く見えるけれど、無骨でまっすぐな気配は変わらない。

 わたしたちは水継さんへ、町全体に結界を張る計画を説明した。

 わたしが未来から来た久遠桜の巫女であること。
 未来でも堕神が現れ、緋桜さんを傷つけたこと。

 その堕神を封じるために、久遠桜を中心として、四方の御子神たちの力を借りたいこと。

 けれど、説明を聞き終えた水継さんの表情は、少しも緩まなかった。

 「断る」

 水継さんは、濡れた岩場に仁王立ちしたまま言い切った。

 「結界を張ること自体を否定しているわけではない。だが、修行の身の者だけで町一つを囲むなど、無謀にもほどがある」
 「でも、黒鉄を封じるには――」
 「未熟な力で張った結界は、守るべきものまで傷つける」

 水継さんの言葉は硬かった。

 怒っているというより、本気で危ないと思っているのだと分かる。
 水継さんは緋桜さんへ視線を向け、深く頭を下げた。

 「緋桜殿を軽んじているわけではありません。ですが、俺自身、まだ神として形を定めきれていない。己の力も御しきれぬ身で、結界の柱になどなれるものか」
 「分かっているよ」

 緋桜さんは静かに頷いた。

 「だから、こうして頼みに来たんだ」
 「なおさら、お受けできません」

 取りつく島もない。
 隣で暁乃さんが、むうっと頬を膨らませた。

 「相変わらず頭かたいなあ。水継、忘れたの? 前に祠のまわりを水浸しにして、アタイが乾かしてあげたじゃん」
 「……あれは、お前が勝手にやったことだ」

 暁乃さんは、勝ち誇ったように胸を張る。

 「ほら、貸し一つ!」

 「それとこれとは別だ」

 水継さんは、ぴしゃりと言い切った。

 「結界の柱になるなど、軽々しく引き受けられん。まして、未来から来たという巫女の言葉を頼りにするなど」

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。

 水継さんにとって、わたしは突然現れた未来の巫女だ。
 初音さんと同じ魂を持っていると言われても、それだけで何もかも信じてほしいというのは、たしかに虫がよすぎる。

 「……分かりました」
 「朱里?」

 暁乃さんが驚いたようにこちらを見る。

 「今日は、いったん戻ります」

 緋桜さんも、わたしを見た。

 「いいの?」
 「はい。水継さんの言っていることも、間違っていないと思うので」

 わたしは水継さんへ向き直り、頭を下げた。
 「急に来て、無理なお願いをしてすみませんでした」

 水継さんは何も言わなかった。
 川の音だけが、朝の空気の中に響いていた。