翌朝、わたしたちは西の八雲へ向かった。
緋桜さんと暁乃さん、そしてわたしの三人で社を出ると、朝露に濡れた草が薄い光を受けてきらきらと光っていた。
西へ進むにつれて、水の音が近くなる。
やがて川沿いの岩場に、苔むした小さな祠が見えてきた。
祠の前には、青年の姿をした水継さんが立っていた。
短く切った黒髪に、広い肩。濃紺の衣の裾が、川風に揺れている。
未来で会った水継さんよりも少し若く見えるけれど、無骨でまっすぐな気配は変わらない。
わたしたちは水継さんへ、町全体に結界を張る計画を説明した。
わたしが未来から来た久遠桜の巫女であること。
未来でも堕神が現れ、緋桜さんを傷つけたこと。
その堕神を封じるために、久遠桜を中心として、四方の御子神たちの力を借りたいこと。
けれど、説明を聞き終えた水継さんの表情は、少しも緩まなかった。
「断る」
水継さんは、濡れた岩場に仁王立ちしたまま言い切った。
「結界を張ること自体を否定しているわけではない。だが、修行の身の者だけで町一つを囲むなど、無謀にもほどがある」
「でも、黒鉄を封じるには――」
「未熟な力で張った結界は、守るべきものまで傷つける」
水継さんの言葉は硬かった。
怒っているというより、本気で危ないと思っているのだと分かる。
水継さんは緋桜さんへ視線を向け、深く頭を下げた。
「緋桜殿を軽んじているわけではありません。ですが、俺自身、まだ神として形を定めきれていない。己の力も御しきれぬ身で、結界の柱になどなれるものか」
「分かっているよ」
緋桜さんは静かに頷いた。
「だから、こうして頼みに来たんだ」
「なおさら、お受けできません」
取りつく島もない。
隣で暁乃さんが、むうっと頬を膨らませた。
「相変わらず頭かたいなあ。水継、忘れたの? 前に祠のまわりを水浸しにして、アタイが乾かしてあげたじゃん」
「……あれは、お前が勝手にやったことだ」
暁乃さんは、勝ち誇ったように胸を張る。
「ほら、貸し一つ!」
「それとこれとは別だ」
水継さんは、ぴしゃりと言い切った。
「結界の柱になるなど、軽々しく引き受けられん。まして、未来から来たという巫女の言葉を頼りにするなど」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
水継さんにとって、わたしは突然現れた未来の巫女だ。
初音さんと同じ魂を持っていると言われても、それだけで何もかも信じてほしいというのは、たしかに虫がよすぎる。
「……分かりました」
「朱里?」
暁乃さんが驚いたようにこちらを見る。
「今日は、いったん戻ります」
緋桜さんも、わたしを見た。
「いいの?」
「はい。水継さんの言っていることも、間違っていないと思うので」
わたしは水継さんへ向き直り、頭を下げた。
「急に来て、無理なお願いをしてすみませんでした」
水継さんは何も言わなかった。
川の音だけが、朝の空気の中に響いていた。


