***
社の一室に戻ると、緋桜さんはしばらく黙っていた。
暁乃さんは、まだ少し湯気をまとったまま、わたしの隣に座っている。
風呂上がりに、少し話があると私から誘ったのだ。
柏は戸口のそばで香箱を組み、何か言いたげに尻尾を揺らしていた。
「……というのは、どうでしょう?」
言い終えると、部屋の中が静まり返った。
未来で教わった浄化の儀式では、四枚の札を使って小さな結界を張った。
その中で、衣や道具を清めるために。
黒鉄は、人の未練や恨みを喰らい、力に変えたもの。
ならば、その結界をもっと大きく、この町全体へ広げることができれば、黒鉄の力そのものを鎮められるかもしれない。
そう考えたのだ。
緋桜さんが、ゆっくりと目を伏せる。
「うまくいけば、効果はありそうだ」
「本当ですか!?」
「ただ、俺一人の力では難しい」
緋桜さんの視線が、わたしの手元の返し札へ落ちた。
「肝心なのは、未来の三柱にあたる者たちの力だ。けれどこの時代では、まだ神として形を定めているわけじゃない」
「ですよね……」
「暁乃の力は、確かに札に応えている」
緋桜さんの視線が、南の日輪の札へ向く。
札は、暁乃さんのそばで淡く赤く光っていた。
「ただ、町全体に結界を張るには、四方の力がいる。南だけでは足りない」
「むう。そこはまあ、そうだけど」
「じゃあ、とりあえず声をかけに行けばいいんでしょ?」
暁乃さんのカラッとした声に頷いてから、緋桜さんがこちらを見る。
「夜が明けたら、まずは西へ向かおう」
「西……ってことは、もしかして八雲の?」
「ああ。水辺に、小さな祠があってね。最近そこに、御子神が宿りはじめている」
「御子神……?」
「神になる前の、幼い神格のことだよ。人の祈りが長いあいだ同じ土地へ集まると、そこに小さな神の子が生まれることがある。まだ名も形も定まりきっていないけれど、土地に根づき、祈りを受け止めるうちに、やがて神として形を持つ」
緋桜さんの視線が、暁乃さんへ向いた。
「暁乃も、今はまだ御子神だ」
「御子神でも、そこそこ力はありますので!」
暁乃さんが胸を張る。
その明るさに、少しだけ肩の力が抜けた。
八雲。
未来で水継さんが守っていた場所であり、京介の家につながる土地でもある。
水継さんなら、力を貸してくれるかもしれない。
「そんなら、一緒に頼みに行ってあげる」
「いいんですか?」
「いいよ。未来の自分が立派にやってるなら、今のアタイも少しは役に立たないとね!」
「ありがとうございます!」
この時代には、まだ未来の四柱はそろっていない。
それでも、返し札は暁乃さんの力に応えた。
ならば、ほかの土地にもいるはずだ。
未来で久遠桜を守ることになる、三柱の御子神たちが。
その力を借りることができれば。
緋桜さんを救う道が、開けるかもしれない。
ーー絶対に、緋桜さんを助け出して見せる。
社の一室に戻ると、緋桜さんはしばらく黙っていた。
暁乃さんは、まだ少し湯気をまとったまま、わたしの隣に座っている。
風呂上がりに、少し話があると私から誘ったのだ。
柏は戸口のそばで香箱を組み、何か言いたげに尻尾を揺らしていた。
「……というのは、どうでしょう?」
言い終えると、部屋の中が静まり返った。
未来で教わった浄化の儀式では、四枚の札を使って小さな結界を張った。
その中で、衣や道具を清めるために。
黒鉄は、人の未練や恨みを喰らい、力に変えたもの。
ならば、その結界をもっと大きく、この町全体へ広げることができれば、黒鉄の力そのものを鎮められるかもしれない。
そう考えたのだ。
緋桜さんが、ゆっくりと目を伏せる。
「うまくいけば、効果はありそうだ」
「本当ですか!?」
「ただ、俺一人の力では難しい」
緋桜さんの視線が、わたしの手元の返し札へ落ちた。
「肝心なのは、未来の三柱にあたる者たちの力だ。けれどこの時代では、まだ神として形を定めているわけじゃない」
「ですよね……」
「暁乃の力は、確かに札に応えている」
緋桜さんの視線が、南の日輪の札へ向く。
札は、暁乃さんのそばで淡く赤く光っていた。
「ただ、町全体に結界を張るには、四方の力がいる。南だけでは足りない」
「むう。そこはまあ、そうだけど」
「じゃあ、とりあえず声をかけに行けばいいんでしょ?」
暁乃さんのカラッとした声に頷いてから、緋桜さんがこちらを見る。
「夜が明けたら、まずは西へ向かおう」
「西……ってことは、もしかして八雲の?」
「ああ。水辺に、小さな祠があってね。最近そこに、御子神が宿りはじめている」
「御子神……?」
「神になる前の、幼い神格のことだよ。人の祈りが長いあいだ同じ土地へ集まると、そこに小さな神の子が生まれることがある。まだ名も形も定まりきっていないけれど、土地に根づき、祈りを受け止めるうちに、やがて神として形を持つ」
緋桜さんの視線が、暁乃さんへ向いた。
「暁乃も、今はまだ御子神だ」
「御子神でも、そこそこ力はありますので!」
暁乃さんが胸を張る。
その明るさに、少しだけ肩の力が抜けた。
八雲。
未来で水継さんが守っていた場所であり、京介の家につながる土地でもある。
水継さんなら、力を貸してくれるかもしれない。
「そんなら、一緒に頼みに行ってあげる」
「いいんですか?」
「いいよ。未来の自分が立派にやってるなら、今のアタイも少しは役に立たないとね!」
「ありがとうございます!」
この時代には、まだ未来の四柱はそろっていない。
それでも、返し札は暁乃さんの力に応えた。
ならば、ほかの土地にもいるはずだ。
未来で久遠桜を守ることになる、三柱の御子神たちが。
その力を借りることができれば。
緋桜さんを救う道が、開けるかもしれない。
ーー絶対に、緋桜さんを助け出して見せる。


