千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 ***

 社の一室に戻ると、緋桜さんはしばらく黙っていた。

 暁乃さんは、まだ少し湯気をまとったまま、わたしの隣に座っている。
 風呂上がりに、少し話があると私から誘ったのだ。
 柏は戸口のそばで香箱を組み、何か言いたげに尻尾を揺らしていた。

 「……というのは、どうでしょう?」

 言い終えると、部屋の中が静まり返った。

 未来で教わった浄化の儀式では、四枚の札を使って小さな結界を張った。
 その中で、衣や道具を清めるために。

 黒鉄は、人の未練や恨みを喰らい、力に変えたもの。

 ならば、その結界をもっと大きく、この町全体へ広げることができれば、黒鉄の力そのものを鎮められるかもしれない。

 そう考えたのだ。

 緋桜さんが、ゆっくりと目を伏せる。

 「うまくいけば、効果はありそうだ」
 「本当ですか!?」
 「ただ、俺一人の力では難しい」

 緋桜さんの視線が、わたしの手元の返し札へ落ちた。

 「肝心なのは、未来の三柱にあたる者たちの力だ。けれどこの時代では、まだ神として形を定めているわけじゃない」
 「ですよね……」
 「暁乃の力は、確かに札に応えている」

 緋桜さんの視線が、南の日輪の札へ向く。

 札は、暁乃さんのそばで淡く赤く光っていた。

 「ただ、町全体に結界を張るには、四方の力がいる。南だけでは足りない」
 「むう。そこはまあ、そうだけど」
 「じゃあ、とりあえず声をかけに行けばいいんでしょ?」

 暁乃さんのカラッとした声に頷いてから、緋桜さんがこちらを見る。

 「夜が明けたら、まずは西へ向かおう」
 「西……ってことは、もしかして八雲の?」
 「ああ。水辺に、小さな祠があってね。最近そこに、御子神(みこがみ)が宿りはじめている」
 「御子神……?」

 「神になる前の、幼い神格のことだよ。人の祈りが長いあいだ同じ土地へ集まると、そこに小さな神の子が生まれることがある。まだ名も形も定まりきっていないけれど、土地に根づき、祈りを受け止めるうちに、やがて神として形を持つ」

 緋桜さんの視線が、暁乃さんへ向いた。

 「暁乃も、今はまだ御子神だ」
 「御子神でも、そこそこ力はありますので!」

 暁乃さんが胸を張る。

 その明るさに、少しだけ肩の力が抜けた。

 八雲。

 未来で水継さんが守っていた場所であり、京介の家につながる土地でもある。
 水継さんなら、力を貸してくれるかもしれない。

 「そんなら、一緒に頼みに行ってあげる」
 「いいんですか?」
 「いいよ。未来の自分が立派にやってるなら、今のアタイも少しは役に立たないとね!」
 「ありがとうございます!」

 この時代には、まだ未来の四柱はそろっていない。

 それでも、返し札は暁乃さんの力に応えた。
 ならば、ほかの土地にもいるはずだ。

 未来で久遠桜を守ることになる、三柱の御子神たちが。

 その力を借りることができれば。
 緋桜さんを救う道が、開けるかもしれない。

 ーー絶対に、緋桜さんを助け出して見せる。