***
「初音が堕神に喰われたあと、俺が久遠桜に彼女の魂を預けたことは話したよね」
緋桜さんは、久遠桜の枝の上でぽつりと話し始めた。
夜空には、花火が上がっている。
さっきまであんなにきれいだった光が、今はどこか遠く感じた。
「それからずっと、初音の魂を探し続けていた。時代が変わっても、町の形が変わっても、見失わないように」
「時を遡って、初音さんが殺される前に戻ることはできなかったんですか?」
「あの時代へ戻ることはできる。けれど戻れるのは、俺が初音の命を久遠桜に預けたあとの時間からだ。あのとき初音の命は尽き、魂は次の生へ移りかけていたからね」
緋桜さんは、夜の桜へ視線を向けた。
「一度輪廻へ渡った命は、その死をなかったことにはできない。俺が追えるのは、久遠桜に預けた魂の行方だけだ。だから俺のループはいつも、次の生を得た令和の君と、堕神が同じ時代にそろったところから始まる」
緋桜さんは、初音さんを救いたかったのだと思う。
殺される前に戻って、今度こそ守りたかった。
けれど、それはできなかった。
だから次の生まれ変わりを探した。
それが、わたし。
そう思った瞬間、袖の中で手紙を握る指に力がこもった。
好きだと書いた手紙。
さっきまで渡そうとしていたそれが、急にひどく場違いなものに思えた。
「ようやく見つけた。今度こそ守れると思った」
花火の光が、緋桜さんの横顔を淡く照らす。
「でも、駄目だった。何度出会っても、堕神は君を見つけ出した。君を見つけて、守ろうとして、そのたびに奪われた」
知らないはずの時間が、胸の奥で重く沈んでいく。
わたしではない。
けれど、わたしと同じ魂を持つ誰か。
その人を、緋桜さんは何度も見つけ、何度も失ったのだという。
「どうしても気持ちが収まらなくて、手紙を書いたこともある」
届くかどうか分からなくても、言葉にせずにはいられない気持ち。
それは、今のわたしと同じだった。
好きだと書いて、渡せないままの手紙。
こんなところだけ重なるなんて、皮肉だと思った。
「緋桜さんが探していたのは、初音さん……なんですよね」
言葉が、勝手にこぼれた。
「私は、初音さんと同じ魂だから……だから、見つけてもらえただけで」
「朱里」
「いいんです。わかってましたから」
花火が、夜空で大きく開く。
その光を背に受けながら、どうにか笑おうとした。
「私は所詮、彼女の代わりなんだって」
「違うんだ、俺は――」
「今は何を言われても、聞けそうにありません」
緋桜さんの言葉を遮るように、首を振った。
今、続きを聞いたら。
自分の中に生まれたこの気持ちまで、否定してしまいそうだった。
だから、笑おうとした。
大丈夫だからと。
わたしは、傷ついていないからと。
けれど、うまくいかなかった。
笑ったつもりなのに、涙がぼろぼろとこぼれて、頬を伝っていく。
「降ろしてもらえますか?」
緋桜さんの表情が、わずかに揺れる。
しばらく、花火の音だけが響いていた。
次の瞬間、緋桜さんの腕がわたしを支えた。
さっきと同じように、ふわりと体が浮く。
町の灯りが近づき。祭りのざわめきや屋台の匂いが、少しずつ戻ってくる。
けれど、わたしの本当の気持ちだけは。
久遠桜の枝の上に置き去りにされたままだった。


