千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

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 こんなはずじゃなかった。

 雛乃は、祭りの通りから外れた暗い路地にひとりで立っていた。
 提灯の灯りは遠く、笑い声もざわめきも、薄い膜の向こうにあるみたいに滲んでいる。

 本当なら今ごろ、京介くんと腕を組んで一緒に歩いているはずだった。
 屋台を見て、適当に笑って、かき氷なんかを食べさせあって。

 それなのに。

 「ごめん。もう、雛乃とは一緒にいられない」

 あんなにまっすぐな顔で。まるで、自分だけ正しい場所へ戻るみたいに振られるなんて。

 「なんでよ……」

 爪が、手のひらに食い込む。
 わたしを浄化の間へ入れたのは、京介くんだ。

 それなのに、どうしてわたしだけが悪者みたいになっているのだろう。

 「朱里(あいつ)さえいなければ」

 胸の奥に、黒いものが滲む。

 ずっとこの町にいたのは、わたしのほうだ。

 久遠神社のことも、奉納祭のことも。
 町の人たちのことも、朱里よりは知っている。

 それなのに、あいつは突然戻ってきた。

 白い藤まで咲かせて、みんなに拍手されて。

 京介くんまで。

 「あたしのほうが、ずっと……」
 「なら、取り返せばいい」

 背後から声がした。

 振り返ると路地の奥に、フードをかぶった男が立っていた。

 祭りの灯りは届かず、顔は見えない。ただ、口元だけが薄く笑っている。

 「誰……?」

 男が、黒い手を差し出した。

 「この手を取れ。そうすれば、お前の願いを叶えてやる」

 祭りの音が遠ざかる。

 怪しい、と思わなかったわけじゃない。

 でも、差し出された黒い手から不思議と目が離せなかった。

 京介くんも。

 巫女の座も。

 朱里に奪われたものを、全部。

 ーーめちゃくちゃにしてやりたい。

 そう思った瞬間、胸の奥で黒いものが甘く疼いた。

 そのためなら、なんだってやる。

 指先が触れた瞬間、フードの影が大きく口を開いた。

 「え……?」

 ばくん、と。

 雛乃の声も、怒りも、嫉妬も、朱里を憎む気持ちも、黒い闇に呑み込まれた。

 次の瞬間、 雛乃の唇で男の声が笑った。

 フードの男はもういない。

 雛乃の顔をした何かが、ゆっくりと自分の手を見下ろす。

 「……だいぶ薄いが、巫女の血だ。望んでいたものとは違うが、食前酒には悪くない」

 黒く濁った瞳が、祭りの灯りの向こうを見据える。

 「次は、お前だ。桜の巫女」

 白く染まった藤が、遠くで夜風に揺れていた。