千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 ***

 屋台の並ぶ通りは、さっきよりも人が増えていた。

 焼きとうもろこしの香ばしい匂いと、綿あめの甘い匂いが、夜風に混ざって流れてくる。
 提灯の明かりの下を、浴衣姿の人たちが笑いながら行き交っていた。

 緋桜さんとは、ずっと手を繋いだままだった。

 人混みではぐれないように。

 そう分かっているのに、指先に伝わる体温が気になって、屋台どころではない。

 「何か食べたいものはある?」
 「えっと……」

 りんご飴、たこ焼き、みたらし団子、かき氷。

 目に入るものが多すぎて、すぐには選べなかった。

 「迷っている顔だね」
 「こういうの、久しぶりで」
 「じゃあ、少しずつ見て回ろう」

 緋桜さんは、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。

 小さな髪飾りの屋台の前で、ふと足が止まった。

 木箱の中には、つまみ細工の花飾りや、硝子玉のかんざしが並んでいる。
 提灯の明かりを受けて、どれも小さく光っていた。

 その中に、淡い薄紅色の桜の髪飾りがあった。

 控えめなのに、花びらが幾重にも重なっていて、なぜか目を離せなくなる。

 「きれい……」

 小さくこぼしただけだった。
 けれど次の瞬間、緋桜さんがその髪飾りを手に取っていた。

 「……」

 手に取ったそれをじっと見つめたまま、緋桜さんはしばらく動きを止めた。  

 「……緋桜さん?」
 「これ、ひとつください」
 「そんなの、申し訳ないです……!」
 「今日、頑張ったご褒美」

 まっすぐそう言われて、返す言葉に迷ってしまう。

 緋桜さんは店の人に代金を渡し、髪飾りを受け取ると、こちらを見る。

 「つけてもいい?」
 「……はい」

 人混みの中なのに、その瞬間だけ周りの音が遠くなった。
 緋桜さんが一歩、近づく。

 指先が髪に触れた。
 七姫が整えてくれた髪を崩さないように、緋桜さんはそっと桜の髪飾りを差し込んでくれる。

 近い。

 提灯の明かりが、緋桜さんのまつげに落ちている。

 「朱里には、やっぱり桜が似合うね」
 「ありがとうございます」

 たったそれだけのことなのに、まだ心臓がうるさい。

 髪飾りに触れた指先を下ろしたとき、袖の内側に入れた手紙の存在を思い出した。

 緋桜さんへ。

 そう書き出して、最後に、好きだと綴った手紙。

 その奥には、緋桜さんから預かった四枚の返し札も入っている。

 お祭りに出るなら置いていくべきか迷ったけれど、四社から預かった大切な札を、休憩所に残していくわけにもいかなかった。

 今なら、手紙を渡せるだろうか。

 「朱里?」

 けれど、緋桜さんの顔を見上げた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 「い、いえ。なんでもないです」

 慌てて首を振ると、緋桜さんは少し不思議そうにしていた。

 そのまま屋台をいくつか見て回っていると、桜餡のたい焼きを売る屋台が目に入った。
 焼き型から取り出されたばかりのたい焼きは、湯気を立てている。
 ほんのり桜色の餡が、端から少しだけのぞいていた。

 「これ……」

 代金を払い、手前に並んだたいやきのひとつを手に取ろうとした瞬間、横から伸びた手が同じ包みに触れた。

 「あ」

 顔を上げる。そこにいたのは、京介だった。

 「朱里……」

 京介はすぐに手を引っ込め、気まずそうに視線を伏せる。
 それから、覚悟を決めたようにもう一度こちらを見た。

 「少しだけ、時間もらえないか」