***
屋台の並ぶ通りは、さっきよりも人が増えていた。
焼きとうもろこしの香ばしい匂いと、綿あめの甘い匂いが、夜風に混ざって流れてくる。
提灯の明かりの下を、浴衣姿の人たちが笑いながら行き交っていた。
緋桜さんとは、ずっと手を繋いだままだった。
人混みではぐれないように。
そう分かっているのに、指先に伝わる体温が気になって、屋台どころではない。
「何か食べたいものはある?」
「えっと……」
りんご飴、たこ焼き、みたらし団子、かき氷。
目に入るものが多すぎて、すぐには選べなかった。
「迷っている顔だね」
「こういうの、久しぶりで」
「じゃあ、少しずつ見て回ろう」
緋桜さんは、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
小さな髪飾りの屋台の前で、ふと足が止まった。
木箱の中には、つまみ細工の花飾りや、硝子玉のかんざしが並んでいる。
提灯の明かりを受けて、どれも小さく光っていた。
その中に、淡い薄紅色の桜の髪飾りがあった。
控えめなのに、花びらが幾重にも重なっていて、なぜか目を離せなくなる。
「きれい……」
小さくこぼしただけだった。
けれど次の瞬間、緋桜さんがその髪飾りを手に取っていた。
「……」
手に取ったそれをじっと見つめたまま、緋桜さんはしばらく動きを止めた。
「……緋桜さん?」
「これ、ひとつください」
「そんなの、申し訳ないです……!」
「今日、頑張ったご褒美」
まっすぐそう言われて、返す言葉に迷ってしまう。
緋桜さんは店の人に代金を渡し、髪飾りを受け取ると、こちらを見る。
「つけてもいい?」
「……はい」
人混みの中なのに、その瞬間だけ周りの音が遠くなった。
緋桜さんが一歩、近づく。
指先が髪に触れた。
七姫が整えてくれた髪を崩さないように、緋桜さんはそっと桜の髪飾りを差し込んでくれる。
近い。
提灯の明かりが、緋桜さんのまつげに落ちている。
「朱里には、やっぱり桜が似合うね」
「ありがとうございます」
たったそれだけのことなのに、まだ心臓がうるさい。
髪飾りに触れた指先を下ろしたとき、袖の内側に入れた手紙の存在を思い出した。
緋桜さんへ。
そう書き出して、最後に、好きだと綴った手紙。
その奥には、緋桜さんから預かった四枚の返し札も入っている。
お祭りに出るなら置いていくべきか迷ったけれど、四社から預かった大切な札を、休憩所に残していくわけにもいかなかった。
今なら、手紙を渡せるだろうか。
「朱里?」
けれど、緋桜さんの顔を見上げた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
「い、いえ。なんでもないです」
慌てて首を振ると、緋桜さんは少し不思議そうにしていた。
そのまま屋台をいくつか見て回っていると、桜餡のたい焼きを売る屋台が目に入った。
焼き型から取り出されたばかりのたい焼きは、湯気を立てている。
ほんのり桜色の餡が、端から少しだけのぞいていた。
「これ……」
代金を払い、手前に並んだたいやきのひとつを手に取ろうとした瞬間、横から伸びた手が同じ包みに触れた。
「あ」
顔を上げる。そこにいたのは、京介だった。
「朱里……」
京介はすぐに手を引っ込め、気まずそうに視線を伏せる。
それから、覚悟を決めたようにもう一度こちらを見た。
「少しだけ、時間もらえないか」
屋台の並ぶ通りは、さっきよりも人が増えていた。
焼きとうもろこしの香ばしい匂いと、綿あめの甘い匂いが、夜風に混ざって流れてくる。
提灯の明かりの下を、浴衣姿の人たちが笑いながら行き交っていた。
緋桜さんとは、ずっと手を繋いだままだった。
人混みではぐれないように。
そう分かっているのに、指先に伝わる体温が気になって、屋台どころではない。
「何か食べたいものはある?」
「えっと……」
りんご飴、たこ焼き、みたらし団子、かき氷。
目に入るものが多すぎて、すぐには選べなかった。
「迷っている顔だね」
「こういうの、久しぶりで」
「じゃあ、少しずつ見て回ろう」
緋桜さんは、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
小さな髪飾りの屋台の前で、ふと足が止まった。
木箱の中には、つまみ細工の花飾りや、硝子玉のかんざしが並んでいる。
提灯の明かりを受けて、どれも小さく光っていた。
その中に、淡い薄紅色の桜の髪飾りがあった。
控えめなのに、花びらが幾重にも重なっていて、なぜか目を離せなくなる。
「きれい……」
小さくこぼしただけだった。
けれど次の瞬間、緋桜さんがその髪飾りを手に取っていた。
「……」
手に取ったそれをじっと見つめたまま、緋桜さんはしばらく動きを止めた。
「……緋桜さん?」
「これ、ひとつください」
「そんなの、申し訳ないです……!」
「今日、頑張ったご褒美」
まっすぐそう言われて、返す言葉に迷ってしまう。
緋桜さんは店の人に代金を渡し、髪飾りを受け取ると、こちらを見る。
「つけてもいい?」
「……はい」
人混みの中なのに、その瞬間だけ周りの音が遠くなった。
緋桜さんが一歩、近づく。
指先が髪に触れた。
七姫が整えてくれた髪を崩さないように、緋桜さんはそっと桜の髪飾りを差し込んでくれる。
近い。
提灯の明かりが、緋桜さんのまつげに落ちている。
「朱里には、やっぱり桜が似合うね」
「ありがとうございます」
たったそれだけのことなのに、まだ心臓がうるさい。
髪飾りに触れた指先を下ろしたとき、袖の内側に入れた手紙の存在を思い出した。
緋桜さんへ。
そう書き出して、最後に、好きだと綴った手紙。
その奥には、緋桜さんから預かった四枚の返し札も入っている。
お祭りに出るなら置いていくべきか迷ったけれど、四社から預かった大切な札を、休憩所に残していくわけにもいかなかった。
今なら、手紙を渡せるだろうか。
「朱里?」
けれど、緋桜さんの顔を見上げた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
「い、いえ。なんでもないです」
慌てて首を振ると、緋桜さんは少し不思議そうにしていた。
そのまま屋台をいくつか見て回っていると、桜餡のたい焼きを売る屋台が目に入った。
焼き型から取り出されたばかりのたい焼きは、湯気を立てている。
ほんのり桜色の餡が、端から少しだけのぞいていた。
「これ……」
代金を払い、手前に並んだたいやきのひとつを手に取ろうとした瞬間、横から伸びた手が同じ包みに触れた。
「あ」
顔を上げる。そこにいたのは、京介だった。
「朱里……」
京介はすぐに手を引っ込め、気まずそうに視線を伏せる。
それから、覚悟を決めたようにもう一度こちらを見た。
「少しだけ、時間もらえないか」


