千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

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 夕方の町は、すっかり祭りの色に染まっていた。

 商店街には提灯の明かりがともり、屋台からは甘い匂いや香ばしい匂いが流れてくる。
 久遠神社へ続く道には浴衣姿の人たちが行き交い、昼間の神事とは違う、やわらかな熱気に包まれていた。

 「本当によかったの? 休んでたほうがいいんじゃない?」
 「ううん、外の空気が吸いたくて」

 待ち合わせ場所の石灯籠の前で、七姫がわたしの顔を覗き込む。
 七姫に、お祭りに行きたいと頼んだのだ。

 今は、七姫がおばあちゃんの家から持ってきてくれた浴衣に着替えている。
 いくつか持っていたので、そのうちの一着は七姫に貸してあげた。

 淡い桜色の生地に、白い花の模様。
 帯は薄い藤色で、歩くたびに袖がふわりと揺れた。

 「俺は大歓迎だよ。その代わり、少しでも気分が悪くなったらすぐに言って」
 「はい」

 隣の緋桜さんは、いつもの装束ではなく、落ち着いた色の浴衣姿だった。

 それだけで少し新鮮なのに、祭りの灯りの中に立っていると、普段より近くにいるようで、やっぱり少し遠い。

 七姫は、さっきから通りの向こうばかり気にしている。

 「七姫、誰か待ってるの?」
 「えへへ。実は、ちょっと」
 「ちょっと?」
 「逆ナンした」
 「えええ!?」

 七姫は得意げに胸を張った。

 「すごいタイプの人がいたの。神社の近くで。大きくて、渋くて、なんかこう……背中で語る系の人」
 「相変わらず、すごい行動力」
 「だって、声かけないと何も始まらないじゃん? それに、ふたりにはふたりの時間を過ごしてほしいし」
 「……ありがとう」

 七姫は軽い調子で言っているけれど、きっと気を遣ってくれたのだと思う。
 未来の映像を見たあと、緋桜さんと話せる時間を作ってくれたことも。

 全部、七姫なりのやさしさなのだろう。

 それにしても、逆ナンまでして相手を連れてくる行動力はすごい。
 七姫らしいと言えば、七姫らしいけれど。

 そう思った瞬間、七姫がぱっと顔を輝かせた。

 「あ、あの人!」

 七姫が手を振る。
 つられて振り返ると、大柄な男性がこちらへ歩いてきていた。

 短く切った黒髪に、広い肩。濃紺の浴衣姿でも、ただの祭り客には見えない。

 西の八雲神社を預かる神、水継さんだった。

 「なっ……なぜ緋桜殿と朱里殿がここに!?」

 水継さんは、こちらを見るなり目を見開いた。

 「それはこっちの台詞だよ」

 緋桜さんが、どこか面白そうに返す。

 「知り合いなの?」

 七姫が不思議そうに首を傾げる。

 「うん。緋桜さんの……仕事の知り合い、みたいな」
 「やっぱり! ただ者じゃないと思ったんだよね」

 七姫は満足そうに頷いた。

 「誘われた覚えはない。道を教えたら、名前を聞かれただけだ。そのあと、ここに来いと」
 「でも、来てくれたじゃないですか」
 「祭りの様子を見に来ただけだ」
 「じゃあ、一緒に回れますね!」
 「話を聞け」

 水継さんは渋い顔をしているのに、七姫はまったく気にしていない。

 むしろ、その反応すら楽しんでいるようだった。
 緋桜さんが、小さく笑う。

 「水継、せっかくだから付き合ってあげたらどうかな」
 「緋桜殿まで……」

 水継さんは苦々しく眉を寄せたあと、観念したように息をついた。

 「まあ……女子(おなご)に誘われて、無下に断るわけにもいくまい」
 「やった!」

 七姫がぱっと笑う。

 「じゃあ、まずは射的! 水継さんって、獲物を見つけたら一発で仕留めそうな雰囲気があるじゃないですか」
 「俺を何だと思っている」
 「んー、閻魔大王とか?」
 「……本当に失礼な娘だな」

 そう言いながらも、水継さんは七姫についていく。

 「じゃあ、あかりんは緋桜さんと回ってて! 私、水継さんにお祭りの最強デートルートを案内してくるから! 行こ、水継さん!」
 「ま、待て! そう引っ張るな」

 七姫に押されるように、水継さんが人混みの中へ進んでいく。
 無骨で大柄な神様と、勢いだけで突き進む七姫。
 不思議な組み合わせなのに、なぜか妙にしっくりきていた。

 ……もちろん、七姫は相手が神様だとは思ってもいないだろうけど。

 その背中を見送りながら、わたしは少しだけ笑ってしまう。

 「七姫、すごいですね」
 「ああ。あの水継をあそこまで振り回せる人間は、なかなかいない」

 緋桜さんも、どこか楽しそうだった。
 それから、こちらへ視線を向ける。

 「俺たちも行こうか」
 「はい」

 返事をした途端、緋桜さんの手が当たり前みたいに差し出された。

 「人混みではぐれないように」

 やさしい声でそう言われると、余計に意識してしまう。

 深い意味はきっとない。ただ、迷子にならないように気遣ってくれているだけだ。

 そう自分に言い聞かせて、そっとその手を取る。

 緋桜さんの指が、やさしく握り返した。

 提灯の明かりの下、わたしたちは屋台の並ぶ通りへ歩き出した。