千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 ***

 一限の体育は、マット運動だった。
 準備運動のあと、先生が手を叩く。

 「はい、二人一組でストレッチやるよ。ペア組んでー」

 その声が終わるより早く、みんないっせいに動いた。
 仲のいい子へ目で合図して、当たり前みたいにくっついていく。
 わたしは、誰とも目が合わないまま、その場に立っていた。

 ペアが決まっていく輪の中で、わたしのまわりだけ、ぽつんと空いていく。

 「あれ、千歳さんひとり? じゃあ先生と――」
 「せんせー! うちら、三人でもいいですかー?」

 ぱっと手を挙げたのは、雛乃だった。
 取り巻きの一人と組んでいたのに、わざわざこちらを振り返る。

 「朱里ちゃん、転校してきたばっかりで友達いないでしょ? 余っちゃうのは可哀想だなって」
 ――雛乃ちゃん、やさしい。
 そんな空気が、教室にふわりと広がっていく。

 「……うん。ありがとう」

 “友達がいない”。その言葉に、胸がちくりとした。
 でも、実際その通りだ。

 東京には仲の良い友達もいた。
 けれどこの町では、みんな保育園のころから一緒で、もう輪ができあがっている。

 雛乃が手を挙げてくれなかったら、わたしはひとりだった。
 助かったはずなのに、その事実を突きつけられて、少し苦しい。

 ふと顔を上げると、まわりの称賛を集めた雛乃がどこか満足そうな目でこちらを見ていた。
 こういうとき、少しだけ思ってしまう。

 誰かの一番最初に、わたしの名前が浮かぶことはあるのかな、と。

 ***

 昼休み、雛乃が笑顔でスマホを差し出してきた。

 「見て見て、朱里ちゃん」

 画面に映っていたのは、数日前、桜並木で撮った写真だった。
 その場にいたクラスメイトも含めて、みんなで撮ろうと言い出したのは雛乃だ。
 真ん中では、雛乃が京介の腕に絡んで笑っている。

 「いい写真だから上げたの! ひな盛れてない?」

 右端のわたしは、頬から下が、写真の枠でぷつりと切れていた。
 きっと悪気はないのだろう。

 『幼なじみと朝の桜道……と昔から変わらない、わたしの頼れるヒーロー!! #いつメン #朝から幸せ #桜 #幼なじみ』

 昔、転んだわたしに手を差し出してくれた京介を、わたしも“ヒーロー”だと思ったことがあったっけ。

 でも、それはもう昔の話。

 神様信仰が強いこの町では、八雲神社の跡取りである京介も一目置かれている。
 町の人たちやクラスメイトは、千歳の雛乃と八雲の京介を、当然みたいに並べて見ていた。

 ただ、京介だけはなぜか、その空気に乗りきれていないようにも見える。

 それでも、いま京介のそばにいるのは雛乃だ。
 みんなに愛されているのも、雛乃。

 わたしは、写真の端で見切れているくらいがちょうどいい。

 そう思えば、少しは胸の痛みをごまかせた。

 「朱里、ちょっと話せ――」

 京介がこちらを向きかけた、そのとき。

 「あ、京介くん。今夜、久遠桜のライトアップ見にいこう?」
 「えっ、ああ……」

 雛乃が、ぱっと京介の腕に触れた。

 「ひな、すっごくいい場所知ってるの。秘密の場所!」

 久遠桜のライトアップは、御神木のそばまでは近づけない。
 だから町の人たちは、少し離れた場所から光る桜を眺める。

 よく見える場所は毎年のように教え合われ、カップルたちの定番スポットになっていた。

 けれど雛乃の言う「秘密の場所」はその中でも本当に特別であることを、私は知っている。
 たぶん――子どものころ、おばあちゃんがわたしと雛乃を連れていってくれた、川にかかる古い木の橋のことだからだ。

 ただしおばあちゃんは、そのとき何度も言っていた。

 ――橋が壊れるかもしれないから、大人と一緒のときしか行っちゃ駄目よ。

 あれから十年以上の時が経ち、橋の老朽化は進み、今は立入禁止になっているはずだった。

 「見舞いとか、行かなくていいのかよ。朱里のばあちゃんは、お前のばあちゃんでもあるだろ」

 京介が言うと、雛乃の笑顔が一瞬だけ固まった。
 けれどすぐに、困ったように眉を下げる。

 「行きたいんだけどね。お母さんが、大人数で押しかけたら迷惑になるからって」

 雛乃は、ちらりとわたしを見る。

 「それに、朱里ちゃんが行ってあげたほうが、おばあちゃんも嬉しいと思うから。ずっと東京にいたんだし、久しぶりに顔を見せてあげられるでしょう?」

 言っていることは、たぶん間違っていない。
 実際、祖母の世話をしているのはわたしだし、祖母もわたしが行けば喜んでくれる。

 「ね、朱里ちゃん?」
 「……うん」

 頷くと、雛乃はほっとしたように笑った。

 「よかった。おばあちゃんによろしくね!」

 それから、何もなかったみたいに京介へ向き直る。

 「じゃあ、京介くんは部活終わったあと、7時駅前で!」

 はしゃぐ雛乃の声を背中で聞きながら、わたしは静かに席を立った。