千回目のあなたへ 〜十七の夏、迎えにきたのは神様でした〜

 ***

 部屋に戻ったあと、わたしは小さな便箋を机の上に広げた。

 緋桜さんへ。

 そこまで書いて、筆が止まる。

 川に落ちたわたしを助けてくれたこと。
 行く場所のなかったわたしを、屋敷に置いてくれたこと。
 久遠桜のことも、奉納祭のことも。何も知らないわたしにひとつずつ教えてくれたこと。

 書きたいことは、いくつもあった。

 けれど言葉にしようとすると、どれも少しずつ違う気がした。

 感謝している。

 それは、本当だ。
 でも、ありがとうだけでは足りない。

 会合のあとの、少し拗ねたような声。
 久遠桜の前で祝詞を捧げる、神様としての横顔。
 私を見つめる、優しい目。

 近くにいるのに、遠い。

 思い出すたび、胸の奥が苦しくなる。

 わたしは、緋桜さんのことが。

 ――好き。

 その二文字が頭に浮かんだ瞬間、筆先が紙の上で止まった。

 文字にする前から、もう分かっていたのかもしれない。
 でも、手紙を書こうとして初めて、その気持ちの名前を見つけてしまった。

 怖い。

 けれど、この気持ちを、なかったことにはしたくない。

 明日、奉納祭が無事に終わったら。
 そのときは、この手紙を渡そう。

 そう決めて、わたしはもう一度、便箋に向き直った。

 もう筆先は迷わなかった。